ザックのサッカーを選手はどう感じたか=2試合で見えた新指揮官のやり方とは

元川悦子

ザッケローニ監督のサッカーとはどういうものか? 選手のコメントで振り返る 【写真は共同】

 日本代表初のイタリア人指揮官、アルベルト・ザッケローニ監督の本格始動ということで大いに注目された10月の2試合。8日のアルゼンチン戦(1−0)で歴史的勝利を収め、12日の韓国戦はスコアレスドローに終わったが、今年2度の日韓戦での敗戦に比べると守備の意思統一や攻撃の迫力という意味で大きな前進が見られた。ザックジャパンの第一歩はまずまずの成功を収め、キャプテン・長谷部誠も「若い選手たちが自信をつけているし、日本サッカーの未来は明るい」と前向きに発言している。そんな選手側の目線で、あらためてザックジャパンを見てみたい。

ザック流の「完全分業制」トレーニング

 新生・日本代表のトレーニングは「完全分業制」で始まった。初日はフィジカル強化からスタート。フィジカルコーチのエウジェニオ・アルバレッラがすべてのメニューを実践し、ザッケローニ監督は黙って見守っていた。これも過密日程の時期にしてはハードで、中村憲剛も「かなり負荷が大きかった」とこぼしていた。攻撃陣と守備陣に分かれた際には、攻撃陣をステファノ・アグレスティ・コーチが指導し、ザッケローニ監督は守備陣に守りのコンセプトを細かく伝えていた。一方、GKはマウリツィオ・グイードGKコーチのもと、キャッチングの基本が繰り返された。キャッチングのエリアを徐々に広げ、最終的には左右に大きく振られたボールをキャッチするといった多彩な内容で、グイードGKコーチの蹴るボールの強烈さに権田修一は手の皮がむけたという。これら全練習をジャンパオロ・コラウッティ・テクニカルアシスタントが記録し、フィードバックしているようだ。1つ1つのトレーニングに専門性を持たせるのが「チーム・ザック」のやり方だった。

 指揮官が直接乗り出して指示するのは、基本的に戦術確認のみ。じっと様子を見る監督に対し、選手は当初、戦々恐々としていた。長谷部も「今までの監督みたいにいろいろ言ってきたりしないし、ちょっと不気味な感じがします」と苦笑いしていた。今回、4人目の代表監督に仕える松井大輔も「みんな雰囲気はジーコに似ているというけど、欧州の監督は戦術や規律がかなり厳しいと思う」と慎重なコメントを口にした。

 松井が指摘した通り、指揮官の戦術へのこだわりは非常に強いようだ。初日にDFだけを集めてボールの位置と体の向きを1つ1つ指示したのを皮切りに、毎日のミーティングやピッチ上で細かく約束事を徹底した。「物静かだけど、すごくきちょうめんで細かい人。1つ1つのテーマを丁寧につぶしてくる」と中村憲もザック監督の緻密(ちみつ)さに驚いていた。

コンセプトは中を守る守備と縦に速い攻撃

 そんな新指揮官が植えつけた第一のコンセプトは、「中を閉め、外に追い込んでボールを奪う守備」。「監督は『真ん中をやられないように』と。『しっかり中を閉めて外でボールを取ろう』と強調していました。前の選手もボールに対してアタックすることを求めている」と槙野智章は話す。
 アルゼンチン戦を見ても、センターバックの今野泰幸と栗原勇蔵はゴール前からほとんど動かなかった。相手の中央突破に対しては、内田篤人、長友佑都の両サイドがバランスを見ながら中に絞り、外のカバーリングは中盤が担った。ウイングの位置にいる岡崎慎司や香川真司が入るケースも頻繁で、「中を守る意識」は極めて鮮明だった。韓国戦では、相手の果敢なサイド攻撃によって今野と栗原が外に引き出される場面もあったが、長谷部と遠藤保仁の両ボランチがきっちりと穴を埋めていた。

 加えて、ボールを奪う位置がより高くなった。「中盤から前の選手もポジショニングが重要になってくる。スタートポジションに必ず戻らないといけない」と岡崎が言うように、攻撃陣が広い範囲を献身的に走り回ることが、ザック監督の「攻めるための守備」を体現させるカギになる。新指揮官の守備戦術は非常に難易度が高いのだ。

 攻撃に関しても、「縦の意識を持ってシンプルにゴールに向かう」という哲学が実に明確だった。「『日本のパス回しは世界トップレベルだけど、シュートを全然打たない』と。『勝つためには縦に行くべき。ゴールを狙うためにボールを回さないといけない』と監督が言っていました」と長友が話す通り、指揮官は意識改革を強く求めた。
 前線に香川や森本貴幸らスピードのある選手を配置したこともプラスに働き、2試合ともに3〜4本の素早いつなぎからゴールに持っていく形が格段に増えた。アルゼンチン戦の岡崎の決勝点も、彼自身のインターセプトから、本田圭佑がシュートにいってDFがカット。こぼれたボールを長谷部がシュートし、GKがはじいたところに岡崎、森本が詰めた結果として生まれた。短時間に4人が得点を狙うという「ゴール前の分厚さ」は、岡田ジャパン時代にはなかったものだ。

 韓国戦では、相手が引いてブロックを作っていたため、打開し切れないことも多かった。それでも、長谷部がドリブルで強引に持ち上がったり、本田圭が遠目の位置から果敢にシュートを狙うなど、攻めの迫力が出てきた。韓国のチョ・グァンレ監督も「岡田監督時代は攻撃に転じる時に余計なパスが多かったが、今はすごく攻撃が速くなった印象がある」と評していたが、その進化には選手たちも大きな手応えを感じている。「縦へ縦へという意識は確実に上がっている。守備からショートカウンターという形はこのチームの大きなポイントになるんじゃないかな」と中村憲も前向きに語っていた。

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著者プロフィール

1967年長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに。Jリーグ、日本代表、育成年代、海外まで幅広くフォロー。特に日本代表は非公開練習でもせっせと通って選手のコメントを取り、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは94年アメリカ大会から5回連続で現地へ赴いた。著書に「U−22フィリップトルシエとプラチナエイジの419日」(小学館刊)、「蹴音」(主婦の友社)、「黄金世代―99年ワールドユース準優勝と日本サッカーの10年」(スキージャーナル)、「『いじらない』育て方 親とコーチが語る遠藤保仁」(日本放送出版協会)、「僕らがサッカーボーイズだった頃』(カンゼン刊)、「全国制覇12回より大切な清商サッカー部の教え」(ぱる出版)、「日本初の韓国代表フィジカルコーチ 池田誠剛の生きざま 日本人として韓国代表で戦う理由 」(カンゼン)など。「勝利の街に響け凱歌―松本山雅という奇跡のクラブ 」を15年4月に汐文社から上梓した

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