「真の勝利者」とは誰か?=宇都宮徹壱の日々是世界杯2010(7月11日@ヨハネスブルク)

宇都宮徹壱

「真の勝利者は、私たち“アフリカ”です!」

フェイスペインティングを施してもらっているスペインの女性。初の世界制覇目指して、気合い十分 【宇都宮徹壱】

 大会31日目。この日の決勝をもって、ワールドカップ(W杯)の全日程は終了する。3位決定戦が行われたポートエリザベスから、10日ぶりにヨハネスブルクへ空路で移動。大会終了の寂寥(せきりょう)感に浸る余裕もないくらい、これから長い1日が始まる。送迎タクシーで、決勝の会場であるサッカーシティに向かう道すがら、何とはなしにカーラジオに耳を傾けていると、やはりDJの話題はファイナルで一色だった。

「今夜、サッカーシティで行われるオランダ対スペインの決勝で、今大会のチャンピオンが決まります。しかしながら真の、真の勝利者は、私たち“アフリカ”です!」

 なるほど、確かにそうだなと思う。今大会は地元のバファナ・バファナ(南アフリカ代表の愛称。「少年たち」の意味)がグループリーグ敗退となり、一時はどうなるかと気をもんだものだが、幸いにして「アフリカ代表」のガーナがベスト8進出を果たし、国民の関心も霞むことは決してなかった。むしろ自国代表が早々に敗退したことで、国民の間に「何とか盛り上げなければ」という共通認識が芽生えたようにさえ思える。試合会場に行けば、本来は中立のはずの地元の観客がどちらかのチームに思い切り肩入れしてブブゼラを吹きまくっていたし、店に入れば南ア代表のユニホームを着たスタッフが接客にやってきて、向こうの方からサッカーの話題を振ってくる。こうした南ア国民の努力のかいもあって、今大会はそれなりの盛り上がりのまま、無事に決勝を迎えることとなった。

 サッカーシティでは、試合前のクロージングセレモニーに続いて、イタリア代表のカンナバーロがスーツ姿で登場。自らが4年前に誇らしく掲げた優勝トロフィーを、8万人の観客の前にうやうやしく披露して見せた。オランダのサポーターも、スペインのサポーターも「あれが自分たちのものになるんだ」という思いからか、一気にスタンドのボルテージが上昇する。私はといえば「そうか、ジダンがあのトロフィーを素通りして退場してから、もう4年が経つのか」と、何とも言えぬ感慨にしばし感無量となっていた。

 そんなわけでファイナルである。オランダとスペイン、どっちが勝っても初優勝。しかもW杯では、なぜか過去に対戦経験がない両チームによる顔合わせ。これほどサッカーファンの心をくすぐるカードもほかにないだろう。オランダは、背番号1から11までがきれいに並ぶスターティングメンバー。対するスペインも、準決勝に続いてフェルナンド・トーレスをベンチスタートとし、ビジャを1トップにした、これまた現状におけるベストメンバー。舞台も条件も整った。あとはスペクタクルな試合を期待するのみ、である。

開き直ったオランダと、最後まで冷静だったスペイン

スペインは延長戦の末にオランダを下し、W杯初優勝を成し遂げた 【ロイター】

 試合が始まってみると、スペインとオランダとの力の差は、そのままポゼッションの差となって明白となる。序盤の15分、オランダはほとんどボールを触らせてもらえない。準決勝でスペインと対戦したドイツと同じような状況である。ただ、この日のオランダはドイツ以上に勝利に対して、そして世界王者というタイトルに向けてどん欲であった。ファウルすれすれのプレーを何度も連発して、必死でスペインからボールを奪おうとする。主審のウェブ氏(イングランド)は、そのたびにホイッスルを鳴らして試合を止め、場合によってはカードを提示。ただ、そのペースはやや早すぎたように思う。前半15分に最初のカードが出され、結局、延長戦を含む120分の間に、イエロー15枚、レッド1枚が乱れ飛ぶ荒れた試合となった。ウェブ主審が、カードを出しやすいタイプだったとはいえ、W杯決勝でこれほどカードが出たのは、もちろん過去最多である。

 後半に入ると、オランダの「勝つためには何でもやる」という姿勢は鮮明となる。中盤から激しいプレッシャーを掛けて相手のパス交換を寸断し、素早いカウンターからロッベンを走らせてチャンスを作る(実際に2度、GKカシージャスとの1対1の場面があった)。あの才能豊かなロッベンが、この試合では完全な「飛び道具」と化していることに、あらためてオランダの覚悟のほどが感じられた。これほどなりふり構わぬオランダというものを、初めて見たように思う。私が知っているオランダは、常に美しいサッカーを追求し、結果は二の次であった。それゆえ「肝心なところで勝負弱い」と揶揄(やゆ)もされたわけが、指揮官ファン・マルワイクは「美しいフットボールをするより、何よりも勝利が大事」と言い切る。とりわけ、シャビとイニエスタを徹底マークしていたファン・ボメルとデ・ヨングは、この試合ではまさに汚れ役に徹していたと言えよう。

 開き直ったオランダほど怖いものはない。しかしスペインのデルボスケ監督は、こう着した状況を打破するべく、着々と布石を打っていた。後半15分、ペドロに代えて右サイドで起点を作れるヘスス・ナバスを、そして42分には疲れの見えるシャビ・アロンソを下げて万能型MFのセスクを投入。結果として、PK戦必至と思われたころに、この2人が決定的な仕事をする。延長後半11分、ヘスス・ナバスの右サイド突破から、逆サイドに展開してトーレス(延長後半開始と同時に投入)がクロス。いったんは相手DFがクリアするも、これをセスクが拾って右に流し、イニエスタがワントラップから右足を振り抜いて逆サイドのネットを突き刺す。何か叫びながら疾走するイニエスタに、選手全員、それこそベンチのメンバーまでもが一斉に追いかけて、飛びかかる。結局、これが決勝点となった。ほどなくして、終了のホイッスル。この瞬間、スペインのW杯初優勝が決した。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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