「真の勝利者」とは誰か?=宇都宮徹壱の日々是世界杯2010(7月11日@ヨハネスブルク)
「真の勝利者は、私たち“アフリカ”です!」
フェイスペインティングを施してもらっているスペインの女性。初の世界制覇目指して、気合い十分 【宇都宮徹壱】
「今夜、サッカーシティで行われるオランダ対スペインの決勝で、今大会のチャンピオンが決まります。しかしながら真の、真の勝利者は、私たち“アフリカ”です!」
なるほど、確かにそうだなと思う。今大会は地元のバファナ・バファナ(南アフリカ代表の愛称。「少年たち」の意味)がグループリーグ敗退となり、一時はどうなるかと気をもんだものだが、幸いにして「アフリカ代表」のガーナがベスト8進出を果たし、国民の関心も霞むことは決してなかった。むしろ自国代表が早々に敗退したことで、国民の間に「何とか盛り上げなければ」という共通認識が芽生えたようにさえ思える。試合会場に行けば、本来は中立のはずの地元の観客がどちらかのチームに思い切り肩入れしてブブゼラを吹きまくっていたし、店に入れば南ア代表のユニホームを着たスタッフが接客にやってきて、向こうの方からサッカーの話題を振ってくる。こうした南ア国民の努力のかいもあって、今大会はそれなりの盛り上がりのまま、無事に決勝を迎えることとなった。
サッカーシティでは、試合前のクロージングセレモニーに続いて、イタリア代表のカンナバーロがスーツ姿で登場。自らが4年前に誇らしく掲げた優勝トロフィーを、8万人の観客の前にうやうやしく披露して見せた。オランダのサポーターも、スペインのサポーターも「あれが自分たちのものになるんだ」という思いからか、一気にスタンドのボルテージが上昇する。私はといえば「そうか、ジダンがあのトロフィーを素通りして退場してから、もう4年が経つのか」と、何とも言えぬ感慨にしばし感無量となっていた。
そんなわけでファイナルである。オランダとスペイン、どっちが勝っても初優勝。しかもW杯では、なぜか過去に対戦経験がない両チームによる顔合わせ。これほどサッカーファンの心をくすぐるカードもほかにないだろう。オランダは、背番号1から11までがきれいに並ぶスターティングメンバー。対するスペインも、準決勝に続いてフェルナンド・トーレスをベンチスタートとし、ビジャを1トップにした、これまた現状におけるベストメンバー。舞台も条件も整った。あとはスペクタクルな試合を期待するのみ、である。
開き直ったオランダと、最後まで冷静だったスペイン
スペインは延長戦の末にオランダを下し、W杯初優勝を成し遂げた 【ロイター】
後半に入ると、オランダの「勝つためには何でもやる」という姿勢は鮮明となる。中盤から激しいプレッシャーを掛けて相手のパス交換を寸断し、素早いカウンターからロッベンを走らせてチャンスを作る(実際に2度、GKカシージャスとの1対1の場面があった)。あの才能豊かなロッベンが、この試合では完全な「飛び道具」と化していることに、あらためてオランダの覚悟のほどが感じられた。これほどなりふり構わぬオランダというものを、初めて見たように思う。私が知っているオランダは、常に美しいサッカーを追求し、結果は二の次であった。それゆえ「肝心なところで勝負弱い」と揶揄(やゆ)もされたわけが、指揮官ファン・マルワイクは「美しいフットボールをするより、何よりも勝利が大事」と言い切る。とりわけ、シャビとイニエスタを徹底マークしていたファン・ボメルとデ・ヨングは、この試合ではまさに汚れ役に徹していたと言えよう。
開き直ったオランダほど怖いものはない。しかしスペインのデルボスケ監督は、こう着した状況を打破するべく、着々と布石を打っていた。後半15分、ペドロに代えて右サイドで起点を作れるヘスス・ナバスを、そして42分には疲れの見えるシャビ・アロンソを下げて万能型MFのセスクを投入。結果として、PK戦必至と思われたころに、この2人が決定的な仕事をする。延長後半11分、ヘスス・ナバスの右サイド突破から、逆サイドに展開してトーレス(延長後半開始と同時に投入)がクロス。いったんは相手DFがクリアするも、これをセスクが拾って右に流し、イニエスタがワントラップから右足を振り抜いて逆サイドのネットを突き刺す。何か叫びながら疾走するイニエスタに、選手全員、それこそベンチのメンバーまでもが一斉に追いかけて、飛びかかる。結局、これが決勝点となった。ほどなくして、終了のホイッスル。この瞬間、スペインのW杯初優勝が決した。