「真の勝利者」とは誰か?=宇都宮徹壱の日々是世界杯2010(7月11日@ヨハネスブルク)

宇都宮徹壱

スペインの偉業達成とオランダの態度について

今大会、サポーターの数ではオランダはスペインをはるかに圧倒。それだけに落胆も大きかった 【宇都宮徹壱】

 ブラッターFIFA(国際サッカー連盟)会長から、スペインの守護神にしてキャプテンであるカシージャスへ、黄金のトロフィーが手渡される。それを頭上高く掲げた瞬間、金色の紙吹雪が一斉に舞い、花火が打ち上げられる。スペインが歴代8番目の世界チャンピオンとなった瞬間である。これまでユーロ(欧州選手権)では2度の優勝経験があるものの、W杯では60年前のベスト4が最高の成績だったスペインが、ついに世界一に登り詰める――。何とも感慨深いことである。

 あらためて、今大会におけるスペイン優勝について考えてみたい。
 まず目につくのは、その失点の少なさ。7試合でわずかに「2」である。前回大会のイタリア、そして1998年のフランスと並ぶ立派な数字だが、一方で得点も「8」しかない。決勝トーナメント以降、ずっと「ウノ・セロ(1−0)」で勝ってきたため、こちらも歴代最少。しかも(先の日記でも指摘したことだが)イタリアのような守備的な戦術ではなく、あくまで攻撃的なサッカーを目指しての結果がこれである。この点については、今後さらに議論と検証がなされるべき、興味深いテーマであると言えよう。

 それでも今大会のスペインの優勝が、過小評価されることはない。何と言っても、ヨーロッパのチームが、ヨーロッパ以外でトロフィーを掲げたことの意義は大きい。また、欧州制覇チームが2年後に世界制覇を達成したのは、72年、74年の西ドイツ(当時)以来のことだ(逆は98年、2000年のフランス)。さらに監督のデルボスケは、レアル・マドリー監督時代(02年)にトヨタカップを制したのに続いて、今回はW杯にも優勝。クラブチームとナショナルチーム、両方で世界一となる2人目の監督となった(最初に達成したのは、ユベントスとイタリア代表を率いたリッピ監督)。こうして考えると、あらためてスペインの今回の偉業達成が、いかに素晴らしいものかが理解できよう。

 敗れたオランダについても言及しておきたい。この試合をもって彼らが「罰せられた」と論じるのは、いささか酷であるように私には思える。許し難いファウルがあったのは事実だが、それでも悲願の世界タイトルを獲得すべく、彼らがそれまでの価値観を曲げてまでファイトしたことについては、むしろ尊重されるべきであろう。ただ、あまりにも後味が悪すぎた。試合後、オランダの何人かの選手が審判団を取り囲んで抗議する光景が見られた。気持ちは痛いほど分かるし、実際に疑問が残る判定があったのも事実だ。だが、あれをやってしまったら、せっかくの120分間の死闘が台無しではないか。図らずもオランダは「グッド・ルーザー」になることが、勝利することよりもはるかに難しいという好例を、身をもって示すこととなった。

 最後に、今大会の各賞を懸け足で紹介しておく。得点王は4名。フォルラン(ウルグアイ)、ミュラー(ドイツ)、ビジャ(スペイン)、スナイデル(オランダ)。ゴールデンブーツとベストヤングプレーヤーにはミュラーが、そしてゴールデンボール(大会MVP)にはフォルランが、ゴールデングローブ(大会ベストGK)にはカシージャスが、それぞれ選ばれた。個人的には、4位に終わったウルグアイのフォルランがMVPに選出されたことが何よりもうれしい。あと3年くらい欧州で頑張ったら、いずれJリーグでプレーしてもらえないものだろうか。観客を魅了するだけでなく、きっとピッチの内外において、日本の若い選手の規範となるような気がしてならないのだが。

間もなく南アを去るにあたって

大会最終日に商品を売り切ろうと躍起の露天商。翌日からまた、いつもの日常が始まる 【宇都宮徹壱】

 そんなわけで、1カ月にわたるフットボールの祭典も終わり、開幕前日から32日間連続で書き連ねてきたこの日記も、本日でめでたく最終回を迎えることとなった。すでに本稿を書いている時点で明けて12日の朝となり、南ア滞在もあと1日を残すのみである。今大会、スタジアムで観戦した試合は21試合。9都市10会場のうち、2都市2会場(ポロクワネとネルスプレイト)を除くすべてのベニューを回ることができた。その意味では、十分に南アでのW杯を堪能することができたと言えよう。そうした経験を踏まえて、現時点での総括を行うことで、当連載を了としたい。

 アフリカでW杯を開催する――。ほんの数年前までは、夢のまた夢のような壮大かつ破天荒なプロジェクトであったと言えよう。昨年のコンフェデレーションズカップが開催されるまで、多くの関係者は「そんなのできっこない」と思っていたし、また心のどこかで「別の国で代替開催にならないだろうか」と密かに願っていた。その背景には、ブラッター会長の野心には付き合い切れないという思いもあったし(FIFA会長選挙での支持を見返りに、同会長はアフリカ開催を確約したとされる)、何よりアフリカという地域に対する偏見が根強くあった。加えて、開催国・南アに対しては「治安の悪さ」や「エイズ禍」といったネガティブな側面ばかりが強調して伝えられていたこともあり、実際に現地での取材を見合わせる同業者も、少なからずいたくらいである。

 とはいえ、実際に訪れてみた南アは、拍子抜けするくらい「普通の外国」であった。いやむしろ、想像以上に素晴らしい国であったと言ってよいだろう。朗らかで親切な人々、新鮮で上質な食事、息をのむような風景、そして刺激に満ちた日々。われわれ取材する人間以上に、それこそ決死の思いで日本代表の応援のために現地に駆け付けた人々は、大いに南アでの日々を満喫して帰国の途に就いたはずだ。そうして考えると今大会は、アフリカのポテンシャルが試される大会であったと同時に、われわれ自身の好奇心と冒険心が試された大会であった。そして、幸いにしてこの大会に参加できた人々の誰もが「勝利者」であったのだと確信する。

 かくして私自身も、4年前とは一転して「勝利者」として日本に帰ることと相成った。これほど気分のよい話はない。ただし慢心は禁物だ。4年なんて月日は本当にあっという間に過ぎ去ってゆく。今日の勝利者が4年後の敗北者になることは、今大会のイタリアやフランスを見れば火を見るよりも明らかだ。

 とりあえず帰国して一息ついたら、再び地に足のついた活動を再開することにしよう。国内のサッカーをしっかり取材しつつ、時おり知られざる国外のサッカー事情を紹介しながら、日本サッカー界を盛りたてる一助となろう。そうした活動がめぐりめぐって、日本のサッカー文化発展にわずかでも寄与できたなら、私は胸を張って4年後のブラジル大会に参加することができよう。それができてこその「真の勝利者」なのである。もちろん、サポーターにはサポーターのアプローチがあるだろう。それぞれが、それぞれの分野で「真の勝利者」となることが求められるのが、今の日本サッカー界の現状なのだと思う。であるならば、共に「真の勝利者」となるべく、今から4年後を目指そうではないか!

 1カ月におよぶご愛読、有難うございました。

<了>

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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