デンマーク戦を控えて=宇都宮徹壱の日々是世界杯2010(6月23日@ルステンブルク)

宇都宮徹壱

ロイヤル・バフォケン・スタジアムにて

決戦の舞台、ロイヤル・バフォケン・スタジアムは夕闇の中で静かに佇んでいた 【宇都宮徹壱】

 大会13日目。この日はグループCとDのグループリーグ第3戦が行われる。どちらのグループも、1位から4位までに決勝トーナメント進出の可能性があるだけに、非常に気になるところではある。とはいえ、この日は24日にルステンブルクで行われる日本対デンマークの前日会見があるので、やはりそちらを優先せざるを得ない。日本戦の前日は、必ず現地に移動しなければならず、そのためグループCとDの試合は、ずっとテレビ観戦を余儀なくされている。今後、日本が勝ち進めば、こうした状況はさらに続くわけだが、もちろんそれはぜいたくな悩みというもの。むしろ大いに歓迎すべきことであろう。

 翌日の試合が行われるルステンブルクは、ヨハネスブルクから車で2時間ほどの距離にあるノースウエスト州の都市で人口はおよそ40万人。プラチナ産業とカジノで有名だが、それ以外はこれといって特徴のない地方都市である。試合会場のロイヤル・バフォケン・スタジアムは、このルステンブルクからさらに30分くらい離れた場所にあるフォケンという街にあり、今大会の開催地の中で特にアクセスが悪いことで知られている。このスタジアム、実は当地を支配するバフォケン族の王様が、プラチナ産業でもたらされた富の一部をスタジアムの建設費用に充てたことから、この名が付いた。南アフリカには、われわれが容易に理解できる行政機関とは別に、今も部族の王が隠然たる影響力を持っており、部族間のゴタゴタを収拾する役割を担っている。地域住民からも王は非常に慕われ、尊敬されているのだそうだ。このあたりの感覚は、いかにもアフリカらしい。

 プレスルームに到着すると、ポートエリザベスでのスロベニア対イングランド、プレトリアでの米国対アルジェリアの中継映像がソニー製のモニターに映し出され、メディア関係者が食い入るように見つめていた。80分を過ぎた時点で、イングランドがスロベニアを1点リード。米国とアルジェリアは0−0のままだ。このまま試合が終われば、1位イングランド、2位スロベニア、3位米国、4位アルジェリアとなり、イングランドとスロベニアが決勝トーナメント進出となる。だが、まだ分からない。試合が終わるまでは、どのチームにもサバイバルの可能性があるのだ。そしてロスタイム。イングランドが虎の子の1点を守り切ってタイムアップとなった瞬間、別のモニターの前では「オオッ!」という叫びにも似た歓声が起こる。土壇場で米国がゴールを挙げたのだ。この瞬間、米国は一躍首位に浮上。ほどなくしてスロベニアとアルジェリアの終戦が決まった。

日本は引き分けを狙うべきではない

デンマーク戦に向け、岡田監督は「いつも通り勝つためにスタートする」と決意を語った 【写真は共同】

 グループリーグ最終戦は、同グループの2試合が同時刻にキックオフとなる。前日のグループAとB、そしてこの日のCとDは、いずれも裏の試合の得点経過で目まぐるしく順位が変わるスリリングなゲームとなった。実際にプレーしている選手たちは、目前のゲームで必死だろうが、2会場の模様をザッピングできるわれわれは、得点が入るたびに脳内で順位表を組み換えなければならない。その意味で、日本対デンマークは、暗算が苦手な人向けのコンテンツであると言えよう。裏の試合は、すでにオランダの勝ち抜けとカメルーンの敗退が決まっている。ゆえに日本は(そして私たちは)目前のデンマークに対して勝ち点を挙げることだけを考えれば、それでよい。引き分け以上なら、グループEの2位以上が確定。日本代表の冒険は、まだしばらく続くことになる。

 試合前日の会見で岡田武史監督は、このように述べている。
「明日の試合に関しては、選手とのミーティングで『0−0は考えない方がいいだろう』と。ということは、われわれは点を取らないといけない。そういう意味で、われわれはいつも通り勝つためにスタートする」
 デンマークとしては、日本に勝利しなければ明日はない。ゆえに彼らは、前掛かりで攻めてくるしかないのである。身長の高さとフィジカルの強さで上回り、しかも組織的なプレーを身上とするデンマークが攻め込んできたら、いくらディフェンス陣が奮闘したところで日本の失点は時間の問題となろう。であるからして「0−0は考えない方がいい」という指揮官の判断は正しい。日本がとるべき道は、ただ守り倒すことではなく、可能な限りデンマークに守備をさせる時間を作ること。そのためには、積極的に点を取りにいく姿勢を明確にすべきであろう。

 岡田監督の会見が終わり、再びプレスルームで会見の内容を起こしながら、今度はネルスプロイトでのオーストラリア対セルビア、そしてヨハネスブルク(サッカーシティ)でのガーナ対ドイツの経過をチェックする。ドイツはエジルのゴールで先制。オーストラリアは、ケーヒルとホルマンの連続ゴールで2点リード。その後、セルビアが1点を返すも万事休すとなり、ドイツとガーナのグループリーグ突破が決まった。前の試合でドイツに勝利していたセルビアは、最終戦では最もアドバンテージがあると思われていた。しかしフタを開けてみれば、格下と思われていたオーストラリアの猛攻に遭い、まさかのグループリーグ最下位で帰国の途に就くこととなった。「この世界は結果がすべて」とは岡田監督の弁だが、最終戦の結果次第で、それまで積み上げてきたものが一気に瓦解するリスクもある。セルビアの場合も、残念ながらこの敗戦で、ドイツ戦での歴史的勝利はかなり印象の薄いものになってしまった。

 日本代表としては、そうしたリスクを恐れることなく、北欧の雄デンマークに対して積極的に挑むべきである。良くも悪くも今の代表は、自分たちが今できることを最大限に出し切ることしかできない。ならば、その方向性を最後まで愚直にやり切るしかないだろう。おそらくスターティングメンバーは、第1戦、第2戦と変わらないはずだ。選手たちの肉体的、精神的な疲労はピークに達していることだろう。だが、死力を振り絞った先には、きっと何かが待っているはず。死闘の果てに得られるのは、ゴールか、勝利か、はたまた美しい思い出か。その答えはやがて、明らかになる。

<この項、了>
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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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