落ちたレ・ブルー、奇跡は2度起こらない=フランス代表が崩壊した理由

木村かや子

ドメネクを続投させたのは協会と選手たち

ドメネク監督(右)や主将エブラ(左)をはじめ、フランス代表は最後までチームとして1つになることはなかった 【Photo:AP/アフロ】

 そのほかにも、ウィリアム・ギャラスがパトリス・エブラにキャプテンの腕章を取られたことに文句を言い続けているとか、大物と小物が別れているとか、小さな摩擦やエゴの衝突の話は後を絶たない。通常、チームワークは勝利とともにはぐくまれていくと言われる。もともと内部に派閥があったところに、準備期間からの悪い成績がチーム内の雰囲気を汚染し、チームはバラバラになり、ついにヒューズは飛んだ。
 こんなことになってしまったのは、いったい誰の責任なのか? という問いが、フランスでは今、話題に上っている。戦犯の筆頭に挙げられているのは、言うまでもなく監督としての能力、統率力を欠いていたドメネク、そしてユーロ08の後、世間の嵐のような反対にもかかわらず、ドメネクを続投させた協会の無能さと体制だ。

 ここに来てフランスサッカー協会幹部の1人が認めたところによれば、ユーロ08直後、現マルセイユ監督で、当時ユベントスの監督を辞めてフリーだったディディエ・デシャンが代表監督への就任に合意していたという。しかし、物事をはっきり言うデシャンのことを好んでいなかったUEFA(欧州サッカー連盟)のミッシェル・プラティニ会長、またジェラール・ウリエがドメネクの続投を強く推した。その上、投票ではなく、彼らが見ている前で挙手による賛否の表示を求めたのだ。投票権を持っていた役員の1人は「匿名の投票だったら、監督は代わっていたと思う」と言う。つまり投票者には、権力者が見ている前で反対意見を示すガッツがなかったということだが、今ごろそんなことを言っても後の祭りである。

 しかし、すべてをドメネクのせいにするのも間違いだろう。「TWO TO TANGO」という言葉がある。タンゴを踊るには2人が必要、つまり一方だけに責任があるわけではない、という意味だ。ユーロ08の後、選手たちの多くは、ドメネクの続投を支持していた。もしあれほど選手がサポートしていなければ、協会の選択も違ったものになっていたかもしれない。敬意を得られるだけの能力を持たなかった監督も悪ければ、その扱いやすさにつけ込んで身勝手に振る舞っていた選手にも責任がある。

 欧州予選の際、ティエリ・アンリがドメネクに「この代表には方向性がない。僕らはどこに行くのか、ピッチで何をすべきなのか分からずにいる」と言ったとき、最後の警告は鳴らされていた。しかし、あの“ハンド事件”以来、アンリはもはや口を開かなくなってしまった。今大会の第2戦、得点が必要な場面でアンリが投入されなかったことは、どうにも腑に落ちない。彼はチームのために問題点を正面から監督に突きつけた唯一の人物であり、窮地で点をもぎ取り、常に代表を支え続けてきた選手だった。アンリの、恐らく最後のW杯が、ウルグアイ戦の18分と南アフリカ戦での35分だけで終わってしまったのは残念でならないが、この点への言及はここでは控えておく。

天才のいないこのフランスは技術的にも欠けている

 いろいろと理由を並べたが、結局のところ、フランスには勝ち上がるだけの実力がなかった、というところに帰結する。
 敗退決定後、アーセナルのアーセン・ベンゲル監督が、人々がずっと錯覚を抱いていたある点、根底にある問題を突いた。「この代表には技術的能力が欠けている。世界の舞台で勝ち進むだけの、チームプレーの能力が不足している」。冷静になって振り返ると、フランス代表は、ジダンが奇跡を起こした06年W杯を例外に、2002年以来、下降線をたどり続けているのである。

 メキシコ戦の後、やはり1998年W杯優勝の元代表エマヌエル・プティは「フランス代表は自分たちを現実以上に美化している」と言った。いくらトップクラブに所属していても、1人でのドリブルがうまくても、チームプレーの中で輝き、仲間を輝かせる技術力がなければ何の意味もない。今回の選手の子供じみた振る舞い、パフォーマンスの質の低さゆえ、誉れ高いフランスの育成システムを、もう一度見直すべきだという声も上がっている。やっと目を覚ましたフランスを待っているのは、大々的な再建の仕事だ。

 フランスはこれまで、プラティニ、ジダンというたぐいまれな天才を中心に築いたチームを持ったときに輝かしい成績を挙げてきた。ジダンは周りの選手の能力を15%ずつアップさせる能力を持っていたと言われている。現代表には、良い選手はいても、彼らのような天才はいないのだ。突出した天才がいなければ、今大会のメキシコ、あるいはユーロ2004で優勝したギリシャのように、チームとして組織力を磨き、互いに互いを使いながら一致団結してプレーしなければならない。
 つまるところ、すべては08年に言われていたことである。しかし、このフランス代表には、現実を直視する目を持ち、そのようなチーム作りのできる監督もいなければ、みんなで力を合わせる謙虚さも、団結力も、聡明さもなく、何よりチームを同じ方向に導くリーダーがいなかった。

 キャプテンのエブラは模範的な選手ではあるが、感情に流されすぎ、癖のある選手たちをまとめるだけの器も貫禄もなかった。リーダーとなり得たはずのアンリは、W杯予選プレーオフのハンド事件、バルセロナでの不運なシーズンで調子と自信を失い、何よりプレーの機会を与えられなかった。船長のいない船は難破する。今回のフランス代表は、まさにそんなふうだった。
 98年W杯優勝チームには、決然としたデシャンとローラン・ブランが、06年には体力は衰えても、その気迫とカリスマで有無を言わせなかったジダンがいた。そしてリーダーは1人の選手でも、監督でもあり得る。

 フランス協会がW杯終了を待たずして次期監督を決めたとき、これから本大会というのにタイミングを間違えているという声も多かった。しかし、今や新監督ローラン・ブランの名は、フランス国民にとって希望の光を意味している。ドメネクは廃墟を残して去っていった。ついにページはめくられ、今、一から城を築き直すという大仕事が、ブランを待ち受けている。

<了>

2/2ページ

著者プロフィール

東京生まれ、湘南育ち、南仏在住。1986年、フェリス女学院大学国文科卒業後、雑誌社でスポーツ専門の取材記者として働き始め、95年にオーストラリア・シドニー支局に赴任。この年から、毎夏はるばるイタリアやイングランドに出向き、オーストラリア仕込みのイタリア語とオージー英語を使って、サッカー選手のインタビューを始める。遠方から欧州サッカーを担当し続けた後、2003年に同社ヨーロッパ通信員となり、文学以外でフランスに興味がなかったもののフランスへ。マルセイユの試合にはもれなく足を運び取材している。

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント