アフリカ勢よ、奮起せよ!=宇都宮徹壱の日々是世界杯2010(6月20日@ヨハネスブルク)

宇都宮徹壱

ブブゼラとサンバの不思議なセッション

ダーバンの空港で出会ったブラジルサポーター。なぜこの人たちは、いつもこんなに楽しそうなんだろう 【宇都宮徹壱】

 大会10日目。この日で大会の3分の1を消化することになる。20日は日本対オランダが行われたダーバンに別れを告げ、空路ヨハネスブルクに戻って、20時30分にサッカーシティで行われるブラジル対コートジボワールを取材することになっていた。国内線の待合スペースでボーディングタイムを待つ間、PCを広げてメールチェックをしていると、いきなりけたたましいブブゼラの音が鳴り響いた。最初は気にせずに作業をしていたのだが、次第に度し難い音量になってきたので顔を上げると、騒音の正体がカナリヤ色のレプリカユニホームを着たブラジルサポーターであることが判明した。

 ブラジルは25日のポルトガル戦まで、ここダーバンでは試合はない。おそらくは温暖な開催地を拠点として、必要に応じてセレソン(ブラジル代表)の応援に駆け付けるのであろう。それにしてもなぜ、ブラジルサポーターがブブゼラなのか、疑問に思われる方もいるかもしれない。実のところ、試合会場でブブゼラを吹き鳴らしているのは、何も開催国・南アフリカの人々ばかりではない。国外からやってきたサポーターたちも、嬉々としてブブゼラを購入し(何しろガソリンスタンドや酒屋にも売っているのだ)、すぐに吹き方のコツを覚えると、それを自国の応援の際に披露しているのである。

 もちろん、それぞれの国には、それぞれの応援文化がある。手拍子でも声でも太鼓でもない、ただブーブーと抑揚のないまま垂れ流されるブブゼラの音色に、当初は不快感を持つサポーターも少なくなかったと思う。とはいえ、郷に入らば郷に従えということなのか、ブブゼラは南ア以外のサポーターの間でも確実に広まっていった。これはサポーターの行動原理に照らしてみると、非常に興味深い現象であると言えよう。

 ほどなくして、ブブゼラの音に飽きたのであろうか。空港に鳴り響いていた音は、そのうちサンバのリズムに変わっていった。遠征先の応援文化を取り入れつつも、それでも自分たちが培ってきたスタイルやリズムは不変。やがて4分の2拍子のリズムに、ブブゼラの「ブッ! ブッ!」という合いの手が加わり、ほとんど即興で両者の共存が成立する。さすがはブラジル、としか言いようがない。こうしたハイブリッドな感覚が、ワールドカップ(W杯)という舞台では往々にして起こり得る。最初は「うるさいなあ」と思っていたのだが、なかなかどうして、面白いものを見せてもらった。

ゲームを彩ったスーパーゴールの応酬

2得点を決めてブラジルの決勝トーナメント進出に貢献したルイス・ファビアーノ(左) 【(C) FIFA/FIFA via Getty Image】

 ブラジルとコートジボワールは、それぞれ南米とアフリカを代表する強豪国であり、いずれもベスト4を十分に狙えるくらいの戦力を有し、それゆえに今大会屈指の好カードと言えるゲームである。ブラジルは、背番号が1番のジュリオ・セーザルから11番のロビーニョまで、きれいに並んだベストメンバー。対するコートジボワールも、日本との練習試合で右ひじを負傷していたドログバがキャプテンマークを巻いてスタメンに名を連ねた。どちらのチームもこの日の一戦の重要性を痛いほど認識していることがうかがわれる。実際、この試合は良くも悪くもテンションの高いゲームとなった。

 90分間で飛び出したゴールは4つ。そのうち2つはブラジルのセンターFW、ルイス・ファビアーノによるものであった。まず前半25分。ロビーニョからL・ファビアーノへとパスがつながると、最後はカカが前線へ短くスルーパス。これを受けたL・ファビアーノが、右足を振り抜いて先制ゴールを挙げる。裏に抜ける呼吸、右足を振り抜くスピード、そしてゴール天井をぶち抜く大胆さ。そのいずれもがワールドクラスを感じさせる。このようなストライカーを私たち日本人が手にするのは、果たしていつになるのだろう。

 L・ファビアーノは後半5分にも追加点。競り合いからのセカンドボールを、浮き球でたくみにコントロールしながら相手DFを置き去りにし、ゴール右に突き刺さるシュートを放つ。その際、ボールは明らかに自身の腕に2回触れていたのだが(本人もその事実を認めている)、主審からのおとがめはなし。今大会では、故意のハンドを厳しく取り締まることが通達されているが、「聖なる手」(本人談)によるゴールはあまりにも美しい流れの中で決まったため、主審も笛を吹けなかったようである。

 ブラジルは後半17分にも、カカの左からの折り返しにエラーノが落ち着いて逆サイドに流し込んで3点目をゲット。このままワンサイドでゲームが進んでいくことも予想されたが、コートジボワールもアフリカの強豪としての意地を見せてくれた。34分、ブラジルのコーナーキックからカウンターを仕掛けると、最後はヤヤ・トゥーレがゴール前にクロス。このボールをドログバが頭で合わせて、コートジボワールが1点を返す。最初はオフサイドかと思ったが、ギリギリのタイミングで一気に前に飛び出した、オンサイドからの正当なゴールであった。単に身体能力を前面に押し出すだけではない。緻密(ちみつ)な間合いと駆け引き、そして一瞬の瞬発力と集中力。それらもまた、ドログバのたぐいまれな得点能力を下支えしている。

今大会は「アフリカの大会」なのである!

サッカーシティに駆け付けたコートジボワールのサポーター。試合結果への想いはいかに? 【宇都宮徹壱】

 このような素晴らしいゴールの応酬が見られたことで、ブラジルとコートジボワールの一戦は、今大会のグループリーグを代表する好ゲームとなるはずであった。だがブラジルが3点目を挙げたあたりから試合は荒れ始め、一気に「残念なゲーム」へと変質してしまう。コートジボワールに足裏を見せるプレーが目立ち始め、ゴールを決めた直後のエラーノが、ティオテに右足のすねを蹴られて負傷退場。故意によるプレーだったとは断定できないが、これでピッチ上の空気は一気に険悪なものとなる。その後、ケイタ、カカ、ティオテに相次いでイエローカードが提示され、終了間際にはカカが「ケイタにひじ打ちした」と判断されて、2枚目のイエローで退場処分。両チームは一触即発の状態となった。

 試合後にリプレー映像を見たところ、確かにカカのひじがケイタの胸に当たっていることが確認できる。ただし、それほど悪意に満ちたものには見えないし、倒れたケイタは胸ではなく顔を押さえている。明らかにこれはシミュレーションであり、カカはまんまと相手のマリーシアにはめられたことになる。もっとも彼自身、その3分前にも警告を受けており、主審の心証を悪くしていたことが不利な判定につながった可能性は否めない。結局、ブラジルは3−1でコートジボワールに勝利。早々にグループリーグ突破を決めたものの、次のポルトガル戦ではクリスティアーノ・ロナウドとカカのW杯での共演は幻となってしまった。両者のファンならずとも、いささか残念な話ではある。

 とはいえ、それ以上に残念なのがコートジボワールの敗戦である。もっと拮抗(きっこう)した試合が見られると思ったのだが、攻撃面でも守備面でもブラジルは一枚も二枚も上手(うわて)であり、最後はファウルすれすれの危険なプレーやマリーシアに活路を見いだすしかなかった。正直、失望したと言わざるを得ない。
 加えて今回の敗戦は、彼らのみならず、アフリカ全体の力不足、経験不足をも露呈することにもなった。今大会は開催国の南アを含め6チームが出場しているが、大会10日目までアフリカ勢が挙げた勝利は、ガーナの1勝のみ。カメルーンはグループリーグ敗退がすでに決まっている。この日のブラジルを筆頭に、軒並み決勝トーナメント進出を目前としている南米勢と比べると、あまりにも寂しい戦績である。

 それでも今大会は「アフリカの大会」なのだから、ぜひとも意地と底力を見せてほしいところだ。実のところ、もしも南アがグループリーグ敗退となっても、どこかほかのアフリカの国が決勝トーナメント進出を果たせば、かろうじて「アフリカの大会」としての体裁は保てると考えていた。しかし現状では、それさえも危うい状況となっている。FIFAランキング45位の国の人間に言われたくはないだろうが(南ア以外の5カ国は、いずれも日本よりも上位だ)、それでもあえて言わせてもらう。

 アフリカ勢の皆さん。あなた方は本当に、このままで終わってしまっていいと思っているんですか?
 今大会が終わったら、おそらくあと4半世紀はアフリカでW杯は開催されませんよ。大会を盛り上げる意味でも、そして、あなた方の誇りを取り戻す意味でも、今以上の奮起を期待しております。

<この項、了>
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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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