ベガルタ仙台を“人生の伴侶”とした梁勇基=在日コリアンJリーガーの挑戦は続く

キム・ミョンウ

開幕戦で史上最速の今季J1初ゴール

梁はチームの大黒柱として、J1の舞台でも活躍を誓う 【Photo:築田純/アフロスポーツ】

 迎えた10年、梁は念願のJ1の舞台を心待ちにしていた。
「やっとたどり着いた舞台。とにかく楽しみたいと思ったし、やるからには結果を残そうと強く決意した」

 そんな彼の熱い思いは、ピッチの上でさっそく結果として表れる。アウエーで迎えた開幕戦の相手は、08年の入れ替え戦で敗れた因縁深いジュビロ磐田。そこで梁は試合開始26秒という史上最速で、今季のJ1初ゴールを決めた。仙台にとって7年ぶりのJ1でのゴールが決勝点となり、1−0で勝利した。
「08年の入れ替え戦ではここで泣いて帰ったので、笑って帰れたことがうれしかったですね。(北朝鮮)代表として参加したAFCチャレンジカップから帰ってきた翌日が開幕戦で、1カ月以上もチームを離れていたのでサブからの出場だと思っていたんですけど、スタメンだったので驚きました。だからといって緊張しませんでしたし、肩の力も入らず、伸び伸びとプレーできましたね」

 手倉森誠監督もJ開幕戦の勝利の後の記者会見で梁の活躍ぶりを聞かれ、こう語っている。
「立ち上がりの1分間は素晴らしかった(笑)。北朝鮮代表に合流して、タフな修羅場をくぐってきたパフォーマンスをぶつけてくれた。攻守においてチームの共通理解を持ちながらゲームメイクをしていたと思う」

 開幕戦でのいきなりのゴールに驚きを隠せなかったが、彼が結果を残すであろうという予感はあった。それはJリーグ開幕前の2月に行われたAFCチャレンジカップでの出来が良かったからだ。梁は北朝鮮代表として出場した同大会で、途中交代も含めて5試合に出場し、4ゴールを挙げて優勝に貢献。11年のアジアカップ出場権を獲得し、得点王と大会MVPのタイトルも手にした。ワールドカップ・南アフリカ大会出場を狙う梁には、満足のいく結果だったし、仙台にとってもエースの好調は好材料だったに違いない。

 3月10日に東北放送で『梁勇基の挑戦』というタイトルの1時間特番を手掛けたプロデューサーの長谷川歩氏はこう語っていた。
「梁のプレーにはすごみがある。現場で見ていてそれをすごく感じる。怖いくらいにね。彼は流れを引き寄せる力を持っているよ」

 確かに、梁は勝負強い男かもしれない。ホームで迎えた第2節の大宮戦は、PKを決めて先制し、その後の2得点も梁のFKとCKからのセットプレーによるものだった。さらに第4節ではガンバ大阪を相手にPK2本を決めてドローに持ち込むと、第5節の王者・鹿島アントラーズ戦では強烈なミドルシュートをバーに直撃させるなど、梁を中心とした攻撃で2−1と勝利をもぎとった。

ゴールに対するどん欲さと勝利への執念

 数々のプレーはまさに“仙台の王様”と呼ぶにふさわしい。そんな今の彼のプレーを見ながら、過去の姿と重なることがある。それがいつなのかを思い起こしてみると、それは梁の高校生のときのプレーだった。
 思えばわたしが大学生のころ、「母校の大阪朝高サッカー部に天才がいる」とOBたちからよく聞かされていた。そのことが気になり、ある暑い夏の日、大阪で初めて梁のプレーを生で見たのだが、「天才肌の選手がいるのは本当だったんだ」と驚いたのを今でも記憶している。

 高校生離れした視野の広さと柔らかなボールタッチ、長短の正確なパスで相手のDFを翻弄(ほんろう)し、すきあらば自ら切り込んでミドルシュートも狙う。もちろん、FKは彼が蹴っていた。1999年に大阪朝高サッカー部を初のインターハイ出場に導く原動力となったのが梁だった。その後、進学した阪南大学サッカー部でも輝きを放っていたのは有名で、関西大学リーグでは02、03年にMVPも獲得している。
 もちろん、そんな梁の高い技術をもってしても、プロですぐに通用したわけではない。J2の長く険しい戦いの中で実力を高めてきた結果、今のプレースタイルが確立されたわけだが、彼にはスピードも、強靭(きょうじん)なフィジカルがあるわけでもない。

 では、なぜ梁がJ1で活躍できるのか。それは視野が広くて頭の回転が早く、プレーの2つ、3つ前を先読みできるプレーヤーだからだと思う。周囲の選手の動きを見ながら、ボールがどこに来るのかを予測できるからこそ、ゴールに絡む回数も増えるのだろう。もちろん、精度の高いFKも武器だ。
「J2時代のようにたくさんFKやゴールを決められるとは思っていないけれど、常に意識はしています。J1はゴール前の選手に正確に合わせるのも難しい。精度をもっと高める余地はまだまだあります」

 常に謙遜(けんそん)して答えるが、梁はゴールに対するどん欲さと勝利への執念を忘れていない。負けず嫌いな性格は、小学生の時から変わっていないという。
「今季はPKを決めて3点で、流れの中で取ったのはたった1点だけです。だから個人的には満足していません。もっと流れの中できっちりゴールを決めないといけませんね」

 そんな好調を維持する梁に、「今がサッカー選手として、一番いい時期と感じるのではないか」と聞いてみた。すると、電話越しの声は少し弾んでいた。
「J1は対戦相手のレベルも高くて、日本代表選手もたくさんいる。そういう相手と戦う中で学ぶことも多いし、何よりも毎試合が楽しい。ただ、自分たちに足りない部分が、何なのかも分かってくる。そう考えると、すべてが勉強です。個人の出来や結果よりも、まずはチームの勝利が最優先。ポジションが確約されているわけじゃないし、もっと貪欲(どんよく)にならなあかんなって思います」

 そう言って、彼は最後にこう言葉を残した。
「これからも仙台を応援してくれる人たちには、最高のパフォーマンスを見せたいですね」
 いつも仙台に育ててもらった感謝への気持ちを忘れない梁は、今季はJ1の舞台でその恩を返す時だと思っている。仙台を“人生の伴侶”とし、チームの大黒柱となった梁勇基――。真のサクセスストーリーの始まりはこれからだ。

<了>

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著者プロフィール

1977年、大阪府生まれの在日コリアン3世。フリーライター。朝鮮大学校外国語学部卒。朝鮮新報社記者時代に幅広い分野のスポーツ取材をこなす。その後、ライターとして活動を開始し、主に韓国、北朝鮮のサッカー、コリアン選手らを取材。南アフリカW杯前には平壌に入り、代表チームや関係者らを取材した。2011年からゴルフ取材も開始。イ・ボミら韓国人選手と親交があり、韓国ゴルフ事情に精通している。

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