カズシ語録がオシム語録を超える日=ナンバー10監督のレッテルをはがせ

小宮良之

ついに現場に帰ってきた日本サッカーの10番、木村和司

現役引退から長い年月を経て、ついに現場に戻ってきた木村和司監督 【Photo:アフロ】

 背番号10が監督になると、ろくなことがない。
 それは世界フットボールにおける一つの定説である。スペインの田舎町で会った初老の指導者は、「10番の選手は王様としてキャリアを送っておるきに、いつも自分が一番でないと我慢ならん。自己中心的性格が集団をまとめるのに邪魔になるぜよ。マラドーナなんてその典型やき」と訳知り顔で話していたものだが、大きくは的を外していない。

 一瞬のひらめきで芸術作品を作り上げる天才たちは、自尊心が強く、ナルシストで、気が短かったりする。ピカソも、ミロも、太宰治も変態的な気分屋だった。その性格は集団のリーダーにはあまり向いていない。サッカー界の芸術家、ナンバー10経験者。彼らも現役時代に偉大であればあるほど満足な指導経験もなしに監督をやりたがり、挙げ句、喝采(かっさい)を送りたくなるほど鮮やかに失敗している。

 日本サッカーの背番号10、その代名詞だった男は果たしてどうか?
 今シーズン、木村和司がJリーグの現場に戻ってきた。80年代、華麗なFKや息をのむキラーパスで日本リーグの観客を魅了したファンタジスタである。オールドファンには彼の“帰還”はたまらない。「白髪になったな」「体、小さくなってない?」「ベンチにちょこんと座る姿がおじいちゃんみたい」などと勝手放題ながら、関心は高まる一方。横浜F・マリノスに復帰した中村俊輔に負けない存在感である。

 何より、“カズシ”が発する語録は歯に衣着せず、痛快だった。
「(へたな選手には)ワシが教えちゃる」
「(なぜ勝てないか?)ようはへたくそだから。心技体を鍛えるしかない」
「どこかの偉い監督が、“考えながら走る”とか言うとったけど、試合中に考える暇はないよ」
 監督就任からアクセル全開だ。どうにも止まらない。どこかの偉い監督は、明らかにオシムさんである。

注目を集める“カズシ”の語録

 3月6日のJリーグ開幕戦、対FC東京との試合後の会見でも、凡戦を忘れさせるように彼の舌鋒(ぜっぽう)は一人冴えた。

――おもしろいと思ったシーンはありましたか?

「全然おもしろくないね」

 そこまで言い切っちゃうか、と会見場におのずと苦笑がこぼれる。

 3月13日、第2節の湘南ベルマーレ戦後の記者会見、「今日はどんな言葉が飛び出すのか!?」という期待感が室内に充満する。3−0の快勝後だけに、大将はやはりご機嫌だった。
「(開口一番)楽しいサッカーと言ってきたけど、勝つのもいい。選手の倍くらいうれしかった」
「(中村俊に代わって出場した狩野健太が決めたスーパーゴールについて)あれはわしに対する怒りのシュートだね。決まっても、あんまり喜んでおらんかったやろ。あれは、わしに怒ってたね」
「(現役時代は走らない選手だったが)やっぱりサッカーは走らんと。わしも30歳前ぐらいに分かりましたよ。自分のアイデアや技術を持っていても、それを表現するのは体だから。選手には楽しんでもらいたいが、そのためにも走らないけん」

続く3月20日、第3節、川崎フロンターレに4−0と連勝した後には、“わし”はご満悦の様子でこう語っている。
「連勝、気持ちいいね。悪いけど完勝だった。向こうの攻撃、ちょっと調子が悪かったのかな」
 彼は自己表現豊かなカリスマ的リーダーなのか。あるいは、口が立つだけの老いた芸術家なのか。

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著者プロフィール

1972年、横浜市生まれ。2001年からバルセロナに渡り、スポーツライターとして活躍。トリノ五輪、ドイツW杯などを取材後、06年から日本に拠点を移し、人物ノンフィクション中心の執筆活動を展開する。主な著書に『RUN』(ダイヤモンド社)、『アンチ・ドロップアウト』(集英社)、『名将への挑戦状』(東邦出版)、『ロスタイムに奇跡を』(角川書店)などがある。

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