カズシ語録がオシム語録を超える日=ナンバー10監督のレッテルをはがせ
マラドーナ、ジーコ……ナンバー10による数々の失敗
マラドーナ、ジーコ、プラティニが活躍した時代、日本の10番と言えば木村和司だった 【Photo:アフロスポーツ】
80〜90年代に活躍した各国のナンバー10の経歴はやはり“クロ”である。
まず御大マラドーナ、アルゼンチン代表を率いる彼は無能なのか、天才の悪ふざけなのか、さい配は珍妙そのものだ。神様ジーコは日本をワールドカップ(W杯)・ドイツ大会に導き、フェネルバフチェをチャンピオンズリーグのベスト8に導いたが、昨年は立て続けに2チームから解雇通告を受け、監督としての格は地に落ちた。天才プラティニはフランス代表を率いるも90年W杯予選に敗退、ユーロ(欧州選手権)92も本大会グループリーグで敗れ、よほどこりたのか、指導者の道は断念してUEFA(欧州サッカー連盟)会長に収まった。
コロンビアのバルデラマは悠々自適生活の後、“クラブのお飾りGM”という格好のポストを見つけた。旧ユーゴスラビアのサビチェビッチは引退後、セルビア・モンテネグロ代表監督に就任するもさんたんたる結果でW杯予選とユーロ予選で敗退、わらにもすがるようにモンテネグロ協会会長に就任。ルーマニアのハジは同国代表監督、ステアウア・ブカレストの監督を務めたが、6カ月、2カ月で退いている。トルコでの成績もかんばしくなく、監督業はもうこりごり、現在はホテル経営に力を入れているという。
彼らは指導者の道から早々と足を洗った。
また、日本にファンの多いロベルト・バッジョは親善大使で人道支援に精を出し、ジダンも敬愛したフランチェスコリはスポーツテレビ局の役員で、スペインのレフティー、フランはフットサル大会に興じてセカンドライフを堪能しており、彼らは“何かに勘づいたように”指導者業には関心すら示していない。
「ナンバー10は感覚がずれていて、監督として不適格なんだ」
そういう声は根強い。独特のセンスでフットボールをとらえているだけに、「なんでこんな簡単なことができないのか?」と首をかしげるばかり。天才故か、客観的な判断力が鈍いのである。例えば、ジーコは日本代表監督として「自由と創造」を理念に掲げ、結果、W杯では惨敗したが、その事実が受け入れられないと、「フィジカルが足りない」という前代未聞の総括をやってのけた。
ナンバー10監督として世界でも珍しい成功を遂げるか
まず、攻撃的なスタイルを掲げ、ゴール前の人数を増やしているのは伝わってくる。しかし、“俊輔効果”で勝ちを拾っている印象は否めない。突出した選手のタレントがチーム戦術の未成熟な部分を補っているにすぎず、さい配戦術に関しては、まだまだ見守る必要がある。連勝後の4節はアウエーでヴィッセル神戸と戦い、ロスタイムに追いつかれて1−1でドロー、勝ち切ることができなかった。
それでも、彼の語録がJファンの興奮度を高めているのは確かだ。当然だがフットボールはゲームであり、楽しい方がいい。言い換えれば、プロは楽しませるのが仕事だ。監督が繰り返し使う、「ちゃぶる」と言う広島弁は、マリノスの選手たちの合い言葉になっているという。それは「相手をおちょくる」という意味らしい。会見場だけでなく、ピッチで敵の心をもてあそぶようなプレーが展開されることになれば――。
4月3日、第5節、日産スタジアムに清水エスパルスを迎えた横浜FMは、前半27分に中村俊が負傷退場したことが響いたのか、1−2で敗れている。首位攻防戦線からは一歩後退することになった。
「試合前に、(清水の長谷川監督)健太をおどしたんですけどね。(日産時代にチームメートで)選手のときからあいつは言うことを聞かん(笑)」
指揮官は強がりと悔しさが入り交じったジョークで敗戦を評した。
おそらく、木村カズシ語録はまだショーのレベルにあると言える。オシムの発言が世間を騒がせたことと同じくは語れまい。しかし、一石を投じる存在にはなっていることは事実だ。もし彼に監督としての能力が備わっているとしたら、数年後にはナンバー10監督として世界でも珍しい成功を遂げて称賛を浴びている、はずである。
「フィニッシュの前のパスが雑だったね」
会見で語ったその言葉は、天才パサーだった男のうずきなのだろうか。白髪頭の指揮官は、ゆっくりとした足取りで会場を後にした。
<了>
『アンチ・ドロップアウト〜簡単に死なない男たちの物語』
『アンチ・ドロップアウト〜簡単に死なない男たちの物語』小宮良之著(集英社) 【集英社】
収録選手は、財前宣之、石川直宏、小澤英明、阿部祐太朗、廣山望、佐藤由紀彦、金古聖司、藤田俊哉、茂庭照幸、李忠成など。
「彼らはいま、静かに叫んでいる」
写真は近藤篤氏、帯の推薦文は重松清氏。