勝敗を分けたスクイズをめぐる攻防=タジケンのセンバツリポート2010

田尻賢誉

持ち味を十分発揮した川島高

長所を生かした攻撃で善戦した川島高だったが、勝利には一歩及ばなかった 【写真は共同】

 なめていた。
 誰も口には出さないが、それは明らかだった。
 外野手の守備位置が、定位置のはるか手前。5メートルは前に出てきていたからだ。
 これは、大垣日大高(岐阜)の阪口慶三監督の指示。相手のチーム打率が出場校中最下位の2割4分2厘、チーム長打数も出場校中最少の川島高(徳島)打線が相手であり、さらにエースの葛西(かっさい)侑也を信頼している証明でもある。

 昨秋の東海大会準々決勝で夏の甲子園経験者が主力を占める常葉橘高を相手に9回2死までパーフェクト投球を見せた葛西。左腕からの球持ちの良いクセ球を打ち崩すのは容易ではなく、少ない安打でどう点数を奪うか。機動力と小技を使うしかない。
 出場校中6位の1試合平均2.06盗塁を誇る川島高。機動力に関しては持ち味を存分に発揮した。3打席連続で出塁した3番の藤畠慶祐は、出塁した3度すべてで二盗成功。そのうち2度は一塁にけん制球を送っている間に二塁を奪ったものだが、葛西はけん制の動作が遅い。さらに、右足を上げればけん制、クイックで投げれば本塁へ投球という傾向が見えた葛西のモーションを見逃さなかった。5番の吉田優太も2回2死二塁から三盗を決めている。川島高の2得点はいずれも盗塁に成功した走者が本塁を踏んだものだった。
 持ち味を発揮し、自分たちの野球ができるとリズムが出てくる。サイドスローのエース・東谷祐希も、左打者が8人並ぶ大垣日大高打線に対し、審判の外角に広いストライクゾーンを最大限に利用。徹底した外角攻めで大垣日大高打線を翻ろうした。

 これだけ持ち味が出てくると残りはひとつ。打てない打線の定番・スクイズしかない。逆にいえば、スクイズを決めさえすれば、持ち味をすべて出すことになる。精神的にも、一気に波に乗れる。
 そして、「定番」を使うチャンスがやってきた。7回裏に失策から同点に追いつかれた直後の8回表。1死二、三塁で打席には5番の吉田。一打2点の場面だが、ここでやるしかない。北谷雄一監督は、初球、いきなり仕掛けた。

 吉田が打席に入る前に試合はしばらく中断していた。4番の南優希のライト前へのフライを追って、セカンドの長岡良樹とライトの後藤健太が激突。後藤がタンカで運ばれ、治療していたからだ。時間が止まる“間”。この“間”が入ったことで、北谷監督は決断する。当初は「打て」だったサインを「スクイズ」に変更したのだ。

「あれぐらい決められないと勝てません」

 ところが、初球、大垣日大高バッテリーは外角に外した。飛びつき、バットに当てた吉田だったが、打球は一塁線のファウルゾーンへ転がった。
「中断のときに『初球からいくぞ』と言われていました。悔しいです。初球で決めたかった」(吉田)
 バッテリーは外角に外しはしたものの、通常のウエストボールよりは低い高さの投球だった。もちろん、これには理由がある。実は、捕手・時本亮のサインはウエストではなかった。三塁走者の動きを見て、時本がとっさに動いて要求したウエストしたのだ。
「ランナーが走るのが見えたので外しました。ランナーの動きは少し見ればわかる。葛西は運動神経がいいので、それで対応できるんです。練習中のランダンプレーや紅白戦などでくり返しやって、体で覚えました」(時本)

 2球目は三塁走者の藤畠がスタートの構えを見せたものの、吉田は見送る(ボール)。だが、ここでも時本は走者の動きを見て外に外す球を要求した。3球目はバントの構えで見送る(ストライク)。ここは「待て」のサインだった。
 カウントは1ボール2ストライク。追い込まれたうえに、5番打者。通常なら、スクイズの可能性は低くなる。だが、川島高にはスクイズにこだわる理由があった。ひとつめは、少ない安打数で点を取るのが持ち味であるから。打率が低い分、小技で点を取るしかない。ふたつめは、2ストライクとなり、相手の警戒が薄れるから。「追い込まれた方がピッチャーは意表を突かれるので」(吉田)。川島高では珍しいサインではない。みっつめは、吉田が左手首を痛めていたから。吉田は第2打席でスイングをした際に、冬場に痛めていた左手首をひねり、思い切りスイングするのは難しい状況だった。

 そして、4球目。投球と同時に藤畠が再びスタートを切る。だが、バッテリーはまたもウエストした。バットには当てたものの、ファウル。必殺のスクイズはスリーバント失敗に終わった。時本は言う。
「バントの構えで見送ったときはセーフティスクイズなのかなとも、もうスクイズはないのかなとも思いました。2ストライクからやってきてびっくりしましたけど、僕がスクイズしたのも2ストライクからなので。もともと外に構えていたので対応できました」
 時本は自らが5回1死三塁の打席で2ストライク3ボールからスクイズを失敗している。それが頭にあったのも幸いした。
 ちなみに、時本は吉田が万全の状態ではないことには気づいていた。それがスクイズを予知する理由にはなっていなかったが。
「前の打席で振ったときに(痛ぇ〜と)手を振るしぐさをしていたので、痛いのかな? と。サポーターも巻いてましたよね?」
 ピンチの場面でも冷静に打者の反応や様子、サポーターの有無などを観察することができる。だからこそ、とっさのウエストもできる。葛西―時本のバッテリーは東海大会決勝の中京大中京高(愛知)戦でも、同じように三塁走者の動きを見てのウエストでスクイズを外している。1年生の秋の段階で、これだけのことができるレベルの高さを持っている。

 外野手の守備位置に表れたように大垣日大高に「(21世紀枠相手で)僕らも甘い考えがありました」(時本)のは否めない。
 だが、ぎりぎりのところで踏みとどまったのはスクイズを外すことができたから。1点をやらなかったこと以上のダメージを与えることができた。吉田の言葉がそれを象徴している。
「(初球の)あれぐらいのボールを決められないと勝てません」
 相手の持ち味、自信のある部分を封じることの大きさを実感した試合だった。

<了>
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著者プロフィール

スポーツジャーナリスト。1975年12月31日、神戸市生まれ。学習院大卒業後、ラジオ局勤務を経てスポーツジャーナリストに。高校野球の徹底した現場取材に定評がある。『智弁和歌山・高嶋仁のセオリー』、『高校野球監督の名言』シリーズ(ベースボール・マガジン社刊)ほか著書多数。講演活動も行っている。「甲子園に近づくメルマガ」を好評配信中。

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