全米に衝撃を与えた“イチロー元年”=ICHIRO Decade 2001
全米規模に広がったイチロー人気
オールスターファン投票でア・リーグ最多得票に輝き、ナ・リーグ最多得票のボンズ(左)と表彰されるイチロー 【Photo:望月仁/アフロ】
6月、中間発表が出るたびにイチローの最多得票が現実味を帯びてくる。このとき、前出のシャーウィン記者は、「250万票を超えたら、全米のファンに認められたと考えていい」と話したが、最終結果は、337万3035票。合格ラインを80万票も上回ったのだから、もう、その認知度に疑いはなくなった。
7月に入ると、ESPNが看板番組の『スポーツセンター』でイチローを特集。日本にも取材クルーを派遣して、5夜連続でそれを放送した。
人気を計るバロメーターとして登場したイチロー・ボブルヘッドドール(首振り人形)のフィーバーも凄かった。7月28日の試合で先着2万人に配られたプロモーション人形だが、前日の試合終了後から、雨の中、最後尾が見えないほどにファンが列をなした。
色とりどりのテントがズラリと並び、列の誰かが宅配ピザを注文すると、次々に並んでいる人たちが配達人に群がって注文し、明け方までピザ屋が繁盛した、というようなことも記憶に残る。
余談だが、この年の秋、バスケットボールのマイケル・ジョーダンが現役に復帰。熱狂的NBAファンとして知られる映画監督のスパイク・リーがオークションにかけた復帰戦のチケットを10万1300ドル(当時のレートで約1220万円)で競り落とした人が、それを同時多発テロで犠牲になった消防士の遺児に譲ったそうだ。
イチローのボブルヘッドドールにも似たような後日談があり、苦労して手に入れた人形をある子供が慈善団体に寄付。オークションにかけられたその人形には1400ドル(同17万円)もの値がついたが、その競り落とした人は、人形を寄付した子供にそれを送り返したそう。これはテロが起きる前のことだが、そんなエピソードもイチローのボブルヘッドドールの裏に隠されていた。
ベースボールの醍醐味を体現
ポートランド――シアトルから南に280キロほど離れた街の日刊紙、『オレゴニアン』のブライアン・ミーハンというコラムニストがこう書いていた。
「バリー・ボンズの影が薄い。マーク・マグワイアの記録を上回るハイペースでホームランを打ち続けているというのに。ボンズの活躍を影に追いやっているのは、スズキのインパクトにほかならない」
彼は、野球本来の魅力とは何かを訴えていた。
「ESPNのスポーツセンターは、ボールを遠くまで運んだ選手がベース上をジョギングしている映像を相も変わらず流している。ベースボールが本来持つ“芸術性”は、ホームランという形で表すことはできない。ベースボールの醍醐味は、フィールド上のものであり、ベース上でのもの。スズキはそんなベースボール本来の魅力をファンに教えてくれている」
イチロー自身がそれに応えるようなプレーもあった。
8月9日のブルージェイズ戦。3点ビハインドで迎えた9回2死。イチローは、走者を一塁において打席に立つと、平凡なセカンドゴロを打った。
普通なら、試合終了である。
しかし、イチローは猛然と一塁を走り抜けると、内野安打を記録。一塁ベースコーチだったジョン・モーゼスが言った。
「ちょっと記憶がない。平凡なセカンドゴロが内野安打になるなんて」
マリナーズはこのあと、2点を返して1点差に迫る。惜しくも追い付くことはできなかったが、イチローのインパクトを証明するような、そして、フィールド上で起こるベースボールの醍醐味を体現した。
ついに首位打者に浮上!
地区優勝は時間の問題。このころ、すでに個人タイトル争いが注目されていたが、その日のイチローは、3安打を放って打率を3割4分8厘とすると、試合を休んでいた1位のロベルト・アロマー(当時インディアンス)をついに抜いた。
3本目のヒットでトップに立ったが、地元記者らは電卓をたたいて確認すると、こんなことをサカナに盛り上がっていたことを覚えている。
「ディブルが冷や冷やしてるんじゃないか?」
ディブルはそのころ、「イチローは日本で、最多で135試合にしか出場していない。もうすぐガス欠になる」と体力的な懸念を指摘。首位打者に立ってなお、4月の発言を撤回しなかったが、9月3日に135試合目を迎えても、結局イチローのペースは落ちることがなかった。
このころだったか。トレーナーのリック・グリフィンに一度、イチローの体重の増減について聞いたことがある。夏場になって、やはり体重が落ちたのか、と。
するとグリフィンは、「1ポンド(約454グラム)しか、体重を失っていない」と言った。
「ポジションプレイヤーなら、この時期までに2〜3ポンド体重が減っていても何の不思議もない。もしカンザスシティーなど、暑い街でプレーしているプレイヤーなら、簡単に10ポンド前後の体重が落ちてしまう。もし彼の体重が7〜8ポンドも落ちているなら心配だけど、これまでたったの1ポンド。素晴らしい体調管理能力だ」