傑出のプレーに人間性を磨いて帰ってきた元女王エナン=全豪テニス

内田暁

元女王vs.現女王の至高の戦い

“伝家の宝刀”バックハンドで現女王セリーナを追い詰めたエナン 【Photo:Getty Images】

 その後のエナンは、味方につけたファンの声援を追い風に疾走していく。3回戦のアリサ・クレイバノワ戦、そして準々決勝のナディア・ペトロワ(ともにロシア)戦といずれも苦境に追い込まれたが、その度に観客たちは、熱い声援でもって小柄な復帰選手を後押しした。上質なテニスをもっと見たいと願う観客の需要に対し、エナンは過不足ないプレーと勝利を供給。両者の幸福な関係は、エナンに6つの勝ち星と、決勝進出と言う結果をもたらしたのだ。

 迎えた決勝戦は、復帰した元女王のエナンと、昨年の優勝者にして現女王のセリーナ・ウィリアムズ(米国)という、頂上決戦にふさわしい顔合わせ。この試合でも、満員の会場をホームグラウンドとしたのは、エナンの方だ。
 第1セットを先に落としたエナンが第2セットの第3ゲームをブレークした際には、それこそ地鳴りのような大声援がアリーナ全体を震わせた。巻き起こる手拍子と、「ジュヌティーヌ」コール。そのエネルギーを自らの力に転化したかのように、エナンの“伝家の宝刀”バックハンドは切れ味を増し、次々とウイナーを奪っていく。第2セットをエナンが奪い返し、さらには第3セットでもエナンが先にブレークした際には、勝負の行方は決したかに思われた。

 しかし、セリーナが現女王の資質を示したのは、ここからだ。すぐにブレークバックに成功すると、対戦相手への声援に逆に発奮したかのように、200キロに迫るサーブを次々とコートにたたきこむ。客席からの期待にここまで完ぺきに応えてきたエナンだが、大会13日目の決勝戦にして、ついに勝利の供給は途絶えてしまった。

試合後に沸き起こる歓声と拍手

 試合の直後に行われた、表彰式。
 オーストラリアテニス協会の会長から「世界を代表し、この競技に戻ってきてくれたことをうれしく思います」との言葉がエナンに贈られると、それに賛同するファンから歓声が巻き起こる。そうして、壇上に上がったエナンが銀色のプレートを手にし、マイクの前に立つと、準優勝者を称える拍手はしばし止むことが無かった。

「復帰してからのジュスティーヌは以前よりもずっとリラックスし、明るくなった」
 前出のベルギー人記者は今のエナンについてそう所感を述べたが、1年半ぶりにコートに戻った27歳は、かつて見せたことが無いほどに感極まった表情で観客席を見渡し、目に涙を浮かべる。
「あなたたちは、テニスを愛してくれる最高のファンです」
 自然と溢れ出た謝意に続き、エナンは観客に、一つの約束を立てた。
「来年、また会いましょう!」
 その言葉の最後は、沸き起こる歓声と拍手でかき消される。

 勝つことで支持を集めた“もう一人の復帰したベルギー人”は、最後の最後に、勝利を逃した。それでもこの日、彼女は今大会で最大級の祝福とエールを、ファンから得ることに成功する。
 それは、一度は燃え尽きてコートを後にした1人の女性アスリートが、より研鑽(けんさん)をかけた傑出のプレーと、復帰までの日々の中で得た、深みある人間性で獲得したものだ。

<了>

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著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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