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三沢さん追悼興行に超満員6400人=ノア
10.3大阪府立体育館大会トピックス
9.27日本武道館に続き、三沢さん追悼興行が大阪府立体育会館で開催された
9.27日本武道館に続き、三沢さん追悼興行が大阪府立体育会館で開催された【スポーツナビ】

 今年6月13日、試合中のアクシデントによる頚髄(けいずい)離断によって46歳で逝去したプロレスリング・ノア三沢光晴前社長の追悼興行「GREAT VOYAGE ’09 in OSAKA 〜Mitsuharu Misawa,always in our hearts〜」が3日、大阪府立体育会館で開催され、超満員となる6400人を動員した。


 会場内では三沢さんのガウンのデザインを模した入場ゲートの上に遺影が飾られ、リング後方には三沢さんのパネル展やガウンが飾られた献花台が設置された。また、三沢さんが大好きだった仮面ライダーの最新ヒーロー「仮面ライダーW」ショーでは、緑の右半身を持つWに三沢さんの魂が宿り、「スパルタンX」に乗ってエルボーで怪人ドーパントを撃退するなど、この日だけのスペシャルなヒーローショーが繰り広げられた。


 三沢さんは1981年に全日本プロレスに入門し、わずか5カ月後の同年8月にデビュー。84年からは二代目タイガーマスクとして活躍し、90年5月に自らマスクを脱いで素顔になると、その後はエースとして活躍。00年には選手・スタッフを引き連れ、理想の団体作りを目指してノアを旗揚げするなど、選手としてもフロントとしてもプロレス界をけん引してきた。


 しかし、6月13日の広島大会の試合中にアクシデントが発生し、搬送先の病院で同日午後10時10分に永眠。6月19日に東京都中野区の宝仙寺で葬儀、7月4日にはディファ有明で「三沢光晴お別れ会〜DEPARTURE〜(献花式)」が行われ、2万5000人のファン・関係者が参列した。

 9月27日に東京・日本武道館で行われた追悼興行第1弾でも超満員となる1万7000人を動員。改めてその人気と存在の大きさを証明した。

川田が先輩・三沢さんへ哀悼の勝利

メーンイベントでは川田(手前)&田上の“聖鬼軍”が約9年ぶりに復活
メーンイベントでは川田(手前)&田上の“聖鬼軍”が約9年ぶりに復活【スポーツナビ】

 メーンイベントでは、現在はハッスルを主戦場とする川田利明が現ノア社長の田上明と約9年ぶりに聖鬼軍を復活。秋山準&KENTA組の“犬猿コンビ”と対戦した。

 川田は足利工大付属高校レスリング部で三沢さんの1年後輩であり、三沢さんの後を追うように高校卒業後、全日本プロレスに入門。以後、90年5.14東京体育館の試合中に三沢さんが二代目タイガーマスクの仮面を脱いだ際にもパートナーを務めるなど、超世代軍時代は三沢さんのパートナーとして、93年に聖鬼軍を結成後はライバルとして、幾多の戦いの歴史を共有してきた。


 00年の分裂により三沢さんらノア勢と川田は完全に袂を分かったが、05年7.18東京ドーム大会で三沢さんと「運命の一騎打ち」を行っており、今回はそれ以来4年ぶりのノア参戦となる。

 対戦相手の秋山は全日本時代、まだ若手として大いにしごかれたことをバネに現在のようなファイトスタイルを構築。一方、KENTAも全日本の練習生当時に川田にあいさつを無視されたという因縁があり、追悼的な意味合いよりも世代闘争的な部分に注目が集まっていた。


 先に仕掛けてきたのはKENTA。川田の前でわざと屈伸をしたり、顔面ステップキックやチョップといった川田の得意技を仕掛けて挑発してみせる。

 川田もエルボー連打やスピンキックで反撃すると、さらに拷問式の逆エビ固めやニードロップも炸裂。すると、KENTAもまた試合の権利を無視して、コーナーで控える川田に蹴りかかっていく。

 これで火のついた川田は、顔面ステップキック、串刺しハイキック、サッカーボールキック、ストレッチプラムとKENTAに対し“デンジャラスK”の本領を発揮する。

 15分過ぎには田上が「追悼だからオレも使ってみた」と三沢さんの必殺技であったタイガードライバーを繰り出すと、川田とのバックドロップ&ノド輪落としの合体攻撃から田上が「オレが田上」でKENTAに勝利。三沢さん、小橋建太と共に一時代を築いた“四天王”世代の強さと消えない絆を見せ付けた。


 かつて三沢さんと三冠ヘビー級王座を争った際に右腕を骨折したこともある、さまざまな思い出が詰まったこの会場で、三沢さんなき後のノアのリングに初めて立った川田は「いなくなった後もこうして声援が送られるのを見て、改めて偉大な人だと感じた」と常に背中を追い続けてきた先輩の存在の大きさを実感。突然の訃報から4カ月近く経った今も、言葉に詰まり、感情の昂(たか)ぶりを必死にこらえていた。

 しかし、三沢さん亡き後のノアを引っ張っていく立場の田上は「アイツは昔からひとつのことにイジイジする性格だったけど、オレたちは前を見なくちゃ」と過去を振り返るよりも未来を注目。00年6.9武道館大会以来となる川田とのタッグについては「全然変わってない。元気だった。技をかける時も声をかけ合って、やりやすかった」と笑顔で振り返った。

小橋&蝶野が新たな合体技を予告

蝶野、潮崎、小橋(左から)の豪華トリオが勝利
蝶野、潮崎、小橋(左から)の豪華トリオが勝利【スポーツナビ】

 四天王の小橋建太が闘魂三銃士の蝶野正洋(新日本プロレス)、現GHCヘビー級王者の潮崎豪とトリオを結成し、力皇猛&モハメド ヨネ&齋藤彰俊組と対戦。03年1.10ノア武道館ではタッグで、同年5.2新日本・東京ドームではシングルで対戦してきた小橋と蝶野が初めて同じコーナーに立った。


 90年代のプロレス界において全日本の四天王と新日本の闘魂三銃士は常に比較されるライバル的存在であったが、00年の全日本分裂を発端に勢力図が大きく変化。本来は交わらない存在であった両者が、団体対抗戦などで戦うようになり、さまざまな夢の顔合わせが生まれてきた。


 以前から師弟関係にある小橋と潮崎に対し、今回が初タッグとなる小橋と蝶野、蝶野と潮崎の連係が不安視されていたが、いざフタを開けてみれば蝶野が積極的に声を出し、試合に絡んでいくことで、次々とスムーズな連係攻撃が誕生。序盤から小橋と蝶野がダブルのエルボーやキック&チョップの合体攻撃などを成功させると、試合終盤でも小橋&潮崎の合体ローリング袈裟斬りチョップ、潮崎&蝶野の合体ケンカキック、潮崎の豪腕ラリアットからのゴーフラッシャーという猛攻でヨネに勝利。三沢さんが最後のパートナーとしてノアの未来を託した若きエースを、四天王と闘魂三銃士がバックアップして3人の力で勝利をつかんだ。


 試合後はGHCヘビー級ベルトを肩から提げた潮崎を中心に、3人でガッチリと手を組んで一致団結。10.12両国国技館で行われる自身のデビュー25周年記念大会で小橋&武藤敬司とトリオを組み、第三世代の中西学&小島聡&秋山準組と対戦する蝶野は「今回初めて小橋選手とタッグを組めたので、次は2つ3つ合体技が出せると思う」と、両国では小橋との新たな合体技公開を出すことを予告した。

高木裕美

静岡県沼津市出身。埼玉大学教養学部卒業後、新聞社に勤務し、プロレス&格闘技を担当。退社後、フリーライターとなる。スポーツナビではメジャーからインディー、デスマッチからお笑いまで幅広くプロレス団体を取材し、 年間で約100大会を観戦している 。最も深く影響を受けたのは、 1990年代の全日本プロレスの四天王プロレス。

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