子供の移籍

 有力な少年選手へのスカウトが激化する中、UEFA(欧州サッカー連盟)のミッシェル・プラティニ会長は歯止めに乗り出している。フランスからイングランドへの移籍が続いてきたが、ついにフランス側がアクションを起こした。最初の被害者はチェルシー、2011年までの選手獲得禁止を申し渡されている。

 1990年代の最初のころ、少年の早期移籍はフランスの国内で行われていた。それ以前は、プロ選手だけがクラブ間の移籍を認められていた。それより以前は、プロ選手でも生涯1クラブは珍しくなく、移籍しても1回ぐらいのものであった。共産主義の国では、移籍自体が禁止されており、唯一旧ユーゴスラビアで28歳以上に限って許可されていた。

 80年代にフランスで育成機関が立ち上げられ、非常に優秀だったので(今でも一部は優秀だ)、ヨーロッパで最も裕福なクラブは自然とフランスの若手選手に注目するようになった。スペイン、イタリア、特にイングランドはその恩恵に預かっている。20歳以上の選手を獲得するには多額の費用がかかる。そこで十代の選手に目をつけた。彼らの何人かがモノになれば、十分モトは取れるという理屈だ。

 フランスで最も古いクラブの1つであるルアーブルは優秀なアカデミーを有している。2001年、ルアーブルは経営危機に直面したため、最も有望な2人のティーンエージャーを移籍させた。フローラン・シナマポンゴルとアンソニー・ルタレックだ。リバプールに移籍した2人はアンフィールドでは輝かず、シナマポンゴルがアトレティコ・マドリーで輝くまでには時間を要し、ルタレックは現在リーグ1(ル・マン)へ戻っている。2人の移籍は合意のもとに問題なく行われたが、3年後のシャルル・エンゾグビアの場合は事情が異なっていた。

 17歳のエンゾグビアは、ニューカッスルのスカウト担当チャーリー・ウッズの勧めでトライアルを受けた。その結果、クラブは契約の決定をした。ところが、ルアーブルはエンゾグビアとプロ契約することに決め、ニューカッスルとの間に問題が生じた。ニューカッスルはエンゾグビアがまだプロ契約前であり、移籍金なしで契約できるはずだと考えていた。スポーツ裁判所の裁定の結果、ニューカッスルは通常の移籍金を支払うことになり、ルアーブルは少なくとも25万ポンド(約3800万円)の補償金を得た。
 リバプールでダブル移籍を行ったジェラール・ウリエ、アーセナルのアーセン・ベンゲル、そしてほかのイングランドのスカウト部門の担当者はフランスの若手情報に詳しく、特にベンゲルは16歳のジェレミー・アリアディエールの獲得に成功した。アリアディエールはその時点で最も有望な選手であり、フランスのアカデミーからアーセナルへ移籍している。この移籍はフランスで大きな問題になった。ただ、多くの将来のスターと同じように、アリアディエールは期待されたほど成長せず、現在はプレミアリーグの平凡な選手としてミドルスブラでプレーしている。

 フランスの有望なティーンエージャーは、しばしばプレミアのクラブに移籍していった。ただ、ここ数カ月で状況は変わりつつある。かつては移籍金は支払われなかったり、少額の補償金が払われたりで、FIFA(国際サッカー連盟)の育成金規約を半ば無視した移籍が行われていた。2年前、16歳のガエル・カクタがランスと契約を交わし、その後、チェルシーがカクタを獲得したのだが、FIFAはいきなりチェルシーに2011年までの選手獲得禁止を申し渡した。カクタのランスとの契約を破棄させたという理由である。

 驚いたチェルシーはスポーツ裁判所へ提訴しているが、裁定がどうなろうと世間は新しい時代になったことを認識した。FIFAとUEFAは同時に子供の移籍制限に乗り出したのだ。「子供の奴隷化」と彼らが呼ぶ状況を変えるつもりである。チェルシーに続いて、マンチェスター・ユナイテッドとマンチェスター・シティによるフランスのティーンエージャー獲得にも疑問が生じている。シティが獲得したジェレミー・エランのケースは、レンヌ側によれば「チェルシーよりも悪質」だという。プレミアで最も裕福なクラブが、フランスでも無名の少年をめぐって無理な移籍を行ったとは思えないのだが、裁定がどうであれ、少年選手の獲得が難しくなっていくのは間違いないところだ。

<了>
  • 前へ
  • 1
  • 次へ

1/1ページ

著者プロフィール

1965年10月20日生まれ。1992年よりスポーツジャーナリズムの世界に入り、主に記者としてフランスの雑誌やインターネットサイトに寄稿している。フランスのサイト『www.sporever.fr』と『www.football365.fr』の編集長も務める。98年フランスワールドカップ中には、イスラエルのラジオ番組『ラジオ99』に携わった。イタリア・セリエA専門誌『Il Guerin Sportivo』をはじめ、海外の雑誌にも数多く寄稿。97年より『ストライカー』、『サッカーダイジェスト』、『サッカー批評』、『Number』といった日本の雑誌にも執筆している。ボクシングへの造詣も深い。携帯版スポーツナビでも連載中

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント