甲子園が紡いだ激動のストーリー 〜花巻東高vs.明豊高〜=タジケンの甲子園リポート2009 Vol.12

田尻賢誉

両校の思いが激突したセンバツの再戦

 ストーリーができている。
 甲子園では、そう思わずにはいられないことが現実として起こる。花巻東高対明豊高戦もまさにそうだった。

 センバツでは2回戦でぶつかり、花巻東高が4対0で勝利。夏の甲子園に両校が出場を決めると、明豊高ナインは「花巻東にリベンジしたい」「菊池雄星を打つために練習してきた」と繰り返した。初戦で九州大会で敗れている興南高にリベンジを果たしたときも、「次は花巻東を倒す」と、ほとんどの選手が口にしていた。準々決勝の組み合わせ抽選で対戦が決まったときも、あれだけ言葉にすれば、この対戦は必然だと思わされるほどだった。

 センバツは5回までで4対0の展開。この日も4回まで花巻東高が4対0とリードし、菊池雄は一人の走者も許さない完全投球。同じスコアでの決着すら予感させた。

 ところが、ここから見えざる脚本家が激動のストーリーを描く。
 5回途中、菊池雄に異変が起きる。腰に手を当て、顔をゆがめる。それまでは手を伸ばして触っていたロジンバッグも、しゃがまなければ触れなくなった。そして、降板。
「思わぬかたちで菊池が(マウンドを)降りましたけど、それで喜んではいられない。菊池に9回まで投げてほしかった」
 そんな今宮健太の気持ちを表すかのように、明豊高打線は爆発。「雄星じゃなければ物足りない」とばかり6点を挙げて逆転した。

今宮が見せた熱投 佐藤涼に送られた大歓声

 そして、9回。誰もが花巻東高の敗戦を予感したが、結末はそう簡単には訪れない。先頭の3番・川村悠真が今大会14打数1安打の不振を振り払う安打を放つと、猿川拓朗、横倉怜武も続いて同点。花巻東高ベンチ裏には、フェンスによじのぼって絶叫する観客が現れるほど甲子園のボルテージは最高潮に達した。
 横倉の好走塁もあり、なおも1死三塁。このまま花巻東高が逆転か、という場面で再び今宮がマウンドに上がる。
「高校野球は一生できないので、悔いの残らない球を選んで投げました。気持ちで投げたストレートです」
 今宮は171センチ、71キロの身体から150キロ台のストレートを連発。菊池雄と並ぶ今大会最速タイ、仙台育英の佐藤由規(ヤクルト)に次ぐ歴代2位の154キロを2度もマークした。この速球で、花巻東高寄りだったスタンドが今宮に傾き、逆転ムードは半減。延長へともつれ込む。

 そして延長10回。甲子園の雰囲気を変えたのは花巻東高の佐藤涼平。1死一塁から犠打で一塁に駆け込んだ際に一塁ベースカバーの二塁手・砂川哲平と激突。担架で運ばれた。155センチ、52キロと小柄な佐藤涼。2ストライクからのカット打法で横浜隼人高戦では12球、東北高戦では10球粘り、ファールを打つたびに拍手をもらうようになった今大会最小兵の奮闘は、「交代かなと思いました。涼平が送ってくれたんで、絶対かえすという気持ちでした」と話した打席の川村をはじめとする花巻東高ナインはもちろん、スタンドの心までとらえた。
 気持ちを乗せた川村のバットから勝ち越し打が生まれると、その裏、検査と治療を終えた佐藤涼が元気良くセンターへ。「頭が痛くても、フラフラでも何でも出るつもりでした。(センターへ)走って行ったときはまだボーっとしてました」という佐藤涼がスタンドから大歓声を受けたとき、ストーリーはようやく結末を迎えた。

今大会はどのような結末を迎えるのか

 甲子園で数々生まれてきた伝説の試合。そのストーリーを描くのは間違いなく観客だ。沖縄尚学高の沖縄勢初優勝のときも、駒大苫小牧高の北海道勢初優勝のときも、相手のアルプス以外の声援はすべて沖縄尚学のものであり、駒大苫小牧のものだった。早稲田実が初優勝したときは、斎藤佑樹のもの。佐賀北高が初優勝したときも、静まり返っていたスタンドが反撃ムードで大声援に変わり、議論を呼ぶ判定すら呼んだ。ネット裏の観客までが手を叩き、銀傘にこだまする大歓声。大会終盤になればなるほど「観客が何を見たいのか」、「観客の求める理想の結末は何か」がストーリーに大きく影響する。

 岩手はもちろん、東北地区悲願の初優勝か、新潟勢、宮崎勢の初優勝か。それとも73年ぶりの県岐阜商高、43年ぶりの中京大中京高の古豪復活か。スーパー1年生・伊藤拓郎の帝京高か。ちなみに、これまでのストーリーでは荒木大輔(早稲田実高)、本田拓人(京都外大西高)ら1年生には最後に試練を与えている。
 観客は何を求めるのか――。それがわかっている選手の一人、明豊高の今宮は姿を消した。声援を受けやすい地元・近畿勢はもういない。
 大混戦の今大会の行方。最後は見えざる脚本家を味方にできるかどうかにかかっている。

<了>
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著者プロフィール

スポーツジャーナリスト。1975年12月31日、神戸市生まれ。学習院大卒業後、ラジオ局勤務を経てスポーツジャーナリストに。高校野球の徹底した現場取材に定評がある。『智弁和歌山・高嶋仁のセオリー』、『高校野球監督の名言』シリーズ(ベースボール・マガジン社刊)ほか著書多数。講演活動も行っている。「甲子園に近づくメルマガ」を好評配信中。

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