第4回 現地領事が語る、南アでの危機管理=宇都宮徹壱の日々是連盟杯

宇都宮徹壱

W杯観戦はツアーに申し込むのが無難

ヨハネスブルグの旧市街。一見、平和そうに見えても、常に犯罪の危険が潜んでいることを忘れてはならない 【宇都宮徹壱】

――正直、こっちに来て一番の不満は、移動にお金がかかることです。サントンからプレトリアに来るまでも、タクシーで片道350ランド(約4200円)かかりました。これは仕方のないことでしょうか?

「ホテルでタクシーを呼んでいただくのが、一番安全で確実な交通手段ですね。公共交通機関は、利用すべきではないと思います。鉄道を利用して被害に遭わなかったのは、仏教の僧侶とシスター(カトリックの修道女)くらいだ、という話もあるくらいですから」

――乗り合いバスや、流しのタクシーもあるみたいですが、やはり危険なんですか?

「車中よりも、降りた直後にトラブルに遭うことが多いようです。降りて、周囲を見渡しているうちに囲まれたり、羽交い締めにされたり」

――スタジアムまで、バスでピストン輸送をすることはないのですか?

「そういう話はあるにはあるのですが、タクシー業界からの強い反発があって、なかなか話がまとまらないのが実情です。現職のズマ大統領は、左派勢力に支えられているのですが、タクシー団体の労組の支援を受けてきた経緯もあり、これが現政権のアキレス腱となっています。おそらくは大会直前には落としどころが見つかるとは思いますが」

――交通と並んで心配なのが、宿の問題です。南アでは、セキュリティーも万全な宿を確保するのが、かなり大変だと思うのですが

「おっしゃる通りです。宿は確保してから来てください、と申し上げてはいるんですが、勝ち上がりによって、試合会場が変わってしまうのはネックではありますね」

――たとえば日本がグループリーグで1位になるか、2位になるかで、その後の試合会場は変わってくる。そうなった場合、現地で次のホテルを探さないといけないわけです

「確かに、そこは難しいところです。現時点で言えることは、ツアーで申し込まれていただくほうが、交通についても宿についてもリスクは少ない、ということですね。具体的にいえば、西鉄旅行、近畿日本ツーリスト、JTBの3社が、FIFA(国際サッカー連盟)が定める『ツアーオペレータープログラム』を販売する権利を持っていますので、そちらのツアーのご利用を考えたほうがよろしいかとは思います。実際、そういったパックツアーに関する被害報告は、今のところこちらには届いておりませんし」

南ア大会は「間違いなく開催される」

――これは「そもそも論」になってしまうのですが、来年、本当にこの南アでW杯が開催されると思いますか? 日本では、まだまだ懐疑的な意見も少なくないのですが

「間違いなく開催されると思います。『アフリカだから』というネガティブなイメージもあるかもしれませんが、一方でこの国には、潜在的なパワーは相当あります。こちらの人たちも、W杯開催に関しては、かなりのプライドを持っていますし」

――実際、ラグビーのW杯を開催した実績もありますからね

「ラグビーと、クリケットのW杯の実績もあります。これにサッカーを加えれば、これだけのW杯を開催したのは英国に次いで2番目ということになります。このW杯を成功させれば、次は五輪でしょうね。ちなみに今回のコンフェデ杯では、ちゃんと時間どおりにキックオフできていました。これはアフリカでは、非常に珍しいことなんです(笑)」

――そうした現状を踏まえて、日本大使館としては、来年のW杯に向けてどのようなことを訴えていきたいとお考えでしょうか?

「日本大使館としては、安全面での注意を喚起しつつも、それでも南アの魅力は伝えていきたいと考えております。日本と南アは、距離的に離れていることもあって、非常に『遠い国』という印象があるかと思います。それでも、たとえばJETプログラム(公立中学・高校への英語教育スタッフ派遣を目的としたプログラム)では、この12年間で300人もの人材が南アから派遣されていますし、こちらの日本文化への関心も非常に高いです。『オタクマガジン』という、アフリカ初のアニメ雑誌も発刊されたくらいですから。本当にこの国は、私たちを驚かす話には事欠かないんですよ」

 以上、在南ア日本大使館の見解としては、来年のW杯は「間違いなく」ここ南アで開催されるそうだ。現地を取材している私も、同じ意見である。となれば、ボールはすでに、われわれの側にあると考えるべきだろう。いかにわれわれが覚悟を決め、行くか止めるかの決断を下し、その上で行くとなったら、どれだけの情報を集めることができるか――本大会の開幕まで1年を切った今、試されているのは私たち自身なのである。
 ちなみに在南ア日本大使館では、邦人の安全確保の観点から、持てる情報は可能な限り開示する立場である。より詳しい情報は、リンク先を参考にしていただきたい。

<翌日に続く>

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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