7カ月ぶり復帰のシャラポワ、女王が魅せた存在感

内田暁

ダブルスで7カ月ぶりに復帰したシャラポワだが、初戦敗退に終わった 【Getty Images】

 お金を稼ぐにあたって、才能と美貌のコンビネーションに勝るものはない――。
 
 マリア・シャラポワ(ロシア)が、2007〜08年の年収ランキング・女性アスリート部門のダントツ1位に輝いた際、世界最大の経済誌『フォーブス』は、テニス界最大のセレブの収益力をそのような言葉で評した。そして事実、昨年のシャラポワはシーズンの前半と後半で、その両方の資質を使い分けていたのだ。

 昨年の前半戦は、オーストラリアオープン優勝に始まり、ツアー3勝をあげる活躍を見せたシャラポワだが、夏には、過去数年にわたって悩まされていた肩のけがが深刻化。北京五輪や全米オープンを欠場し、10月には手術もした。
 それでも、本業を休んでいる間は“美貌”がモノを言う。テニスウェアをモード系のドレスに着替え、ロシア版『ヴォーグ』誌をはじめとする多くのファッション誌で、自慢の肢体を披露。モデルとしての活動に勤しんだシャラポワは、08年のYahoo!のサーチワードランキング1位にも座し、コートを離れようとも、その注目度と商品価値が絶対的なものであることを証明して見せた。

 だが今シーズン、出場予定だった1月のエキシビションマッチを辞退すると、ディフェンディングチャンピオンとして挑むはずの全豪オープンも欠場。その後の出場予定大会も次々と欠場し、結局、2カ月も先送りされた復帰戦には、3月10日から米国カリフォルニア州で行われたBNPパリバ・オープンの、ダブルス試合が選ばれた。パートナーは、ロシアの同僚、エレーナ・ベスニナ。文字通り、実戦の感覚を取り戻すための“肩慣らし”だ。

調子を計る二つのバロメーター

 シャラポワの調子を計るバロメータは、二つある。
 一つ目(特に肩の状態を計る意味においてのそれ)は、サーブの速度だ。シャラポワのファーストサーブは、通常、150〜170キロを計測する。だが、肩に痛みを覚えるとスピードガンの数字はみるみる下がり、昨年8月に肩の故障で棄権した試合では、50マイル(約80キロ)を下回ることすらあったという。

 注目の復帰戦。シャラポワの最初のサービスゲームは、いきなりのダブルフォルトで幕を開けた。セカンドサーブがフォルトになった際、場内を満たした観客の息をのむ音が、みんなの思いを雄弁に物語る。

「肩の状態は、かなり深刻なのでは……」

 その時の空気を翻訳するなら、そういうことだ。その後も、スピード計測のモニターには90マイル(約144キロ)前後の数字が表示され、そしてサービスゲームを落としてしまう。実戦から半年以上遠ざかり、試合勘が鈍っているにしても、それは、元世界1位の“復帰”を見に来た人々の不安を助長するに十分だった。

 だが、実戦の風に徐々になじんでくると、シャラポワのアスリートとしての才能の中でも突出してる資質、“killer instinct”――殺し屋の本能――が目覚め始める。

 シャラポワの調子を計る二つ目のバロメータは、ボールを打つ際の叫び声だ。シャラポワのショットは、インパクトの瞬間に飛び出す叫び声に比例し、鋭さを増す。あまりに大きなうなり声に客席から失笑が漏れることもあるが、真に試合に入った時の彼女は、そのような周囲の雑音も一切耳に入らない。

 第2セットに入ると、第1セットではほとんど聞かれることの無かったそのトレードマークが会場に響き渡り、同時に、動きにも攻撃性が増す。慣れないダブルスにも関わらず、相手のサーブをリターンしてそのままネットに突進する姿は、依然、彼女が真のファイターであることを示していた。さらには、サーブの速度も目に見えて上がってくる。第2セット終盤では、シャラポワがサーブで相手を圧倒。速度計は、108マイル(約173キロ)を表示した。

真剣勝負の場で得た手応え だが、真の復帰は先送りに

 10ポイント先取のタイブレークで争われるファイナルセットは、一時は7−4とリードしながら追い上げを許し敗れたが、それでも試合後、肩をアイシングしながら会見場に現れたシャラポワの表情は明るかった。

 「今回の目的は、観客の前に姿を現し、試合の感覚を取り戻すこと。状態は悪くなかった」と、久々の真剣勝負の高揚感をかみしめ、さらには、約4年ぶりのダブルスに「ルールすらちゃんと理解できていなかった」と苦笑い。だが、本格的な復帰時期に関しては、「もう少し時間が必要。今は、復帰に向けての明確なタイムテーブルは立てていない。まだ、1〜2週間通して試合をするだけの状態には戻っていないし、焦ってもいない」と、慎重な発言に終始。事実彼女は、3月25日からマイアミで行われるソニー・エリクソン・オープンの出場を回避した。

 7カ月ぶりの公式戦復帰を果たした女性アスリートの稼ぎ頭は、「今回、コートに戻ってこられただけでも幸せ」とつつましいが、ここ1年ほどの女子テニスを見ていると、どうしても役者が不足している感が否めない。それは昨年5月、当事1位のジャスティン・エナン(ベルギー)が突然引退したことや、現在の上位陣がやや不安定なこと、そして当然、シャラポワが居ないことに起因する。
 才能と美貌を兼備する21歳のファイターが、ツアーに花と興奮を運んでくれるのをみんなが待ち望んでいるのは、間違いない。だがそれまで、もう少しばかりの辛抱が必要そうだ。

 <了>
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著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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