共通?それとも対照的?「最後の4割打者」とイチロー

上田龍

フェンウェイ・パークで開催された1999年オールスターゲームにゲストとして招かれたテッド・ウィリアムズ(左)は、帽子を掲げてファンの大歓声に応えた 【Getty Images】

 1941年にテッド・ウィリアムズ(レッドソックス)が打率4割6厘を記録して以来、メジャーリーグで4割打者は出現しておらず、同じ年にジョー・ディマジオ(ヤンキース)が樹立した56試合連続安打とともに、更新・到達が不可能な「アンタッチャブル・レコード」に位置付けられている。もし、そのウィリアムズ以来の4割に手が届く打者がいるとすれば──そう問いかけられた人の口から最も多く出る現役選手の名前は、やはりイチロー(マリナーズ)であろう。
 だが、ウィリアムズは「最後の4割打者」の称号から連想される安打製造機タイプのバッターではなかった。むしろ2度の三冠王が象徴するように「スラッガー」としての完ぺきな打者像を19年の現役生活の間、追い求め続けた野球人生だった。

高打率を支えた選球眼

 ウィリアムズは18年8月30日、カリフォルニア州サンディエゴ生まれ。地元のフーバー高では、高校時代のイチローと同じく投手と外野手を兼ねながら通算で4割を超えるアベレージを残し、36年に地元のマイナー球団だったサンディエゴ・パドレスでプロとしてのスタートを切った。
 39年にレッドソックスでメジャー昇格を果たすと、いきなり打率3割2分7厘、31本塁打、145打点でメジャーの新人として初の打点王に輝く。この年、ウィリアムズは三振64個に対して107四球と早くも並外れた選球眼を発揮。以後、100個以上の四球を選んだシーズンが11回なのに対し、三振の数は現役引退までデビューの年を上回るシーズンはなかった。

 ウィリアムズはその気難しい性格からメディアやファンとのいさかいが絶えなかったが、一方で審判の判定にクレームをつけることは皆無だった。審判に異議を唱えないことと、ボール球に手を出さないこと──マイナー時代に往年のロジャース・ホーンスビー(三冠王2度の大打者)から受けたアドバイスはウィリアムズにとってのいわば「座右の銘」だった。

「ブードロー・シフト」も苦にせず

 広角打法のイチローに対し、ウィリアムズはプルヒッター(左打ちの場合、右に引っ張る打者)として知られていた。その強打に手を焼いたインディアンスのルー・ブードロー監督兼遊撃手は、46年7月14日のダブルヘッダー第2試合で、ウィリアムズが打席に入ると、レフトを除く野手全員を二塁ベースの右側に寄せる「ブードロー・シフト」を敷いた。右方向へのヒットを減らすよりも、むしろ左方向への流し打ちを誘って、長打を減らすのが目的だった。しかし、ウィリアムズはプルヒッティングを貫き、ブードローのチームには、球界最強の打者に思い切って内角球で勝負できる度胸と球威、技術を持った投手がいなかったため、ウィリアムズはこのシーズンのインディアンス戦で打率4割超、9本塁打の成績を残した。

 歴代最高打率3割6分7厘を誇り「球聖」と呼ばれたタイ・カッブからは、「シフトの逆を突いて左方向に打球を流せば毎年4割が打てる」とアドバイスの手紙が送られてきたが、ウィリアムズはそれをロッカールームでビリビリに破り捨てた。唯一、ブードロー・シフトに対して流し打ちを試みたのは、リーグ優勝のかかった9月13日、0対0のこう着状態を打ち破るために放った一打だった。その打球がショートの守備位置にいたレフトの頭上を越え、無人の左中間を転々とする間に、ウィリアムズはベースを一周して決勝のホームを踏んだ。選手生活で放った唯一のランニング本塁打だった。

心残りの三つの悔い

 60年に現役を引退したウィリアムズは、通算521本塁打、1839打点、そして歴代5位にランクされる打率3割4分4厘の数字を残している。イチローは現在、トッド・ヘルトン(ロッキーズ)を抜いて通算打率現役トップの座に居るが、それでも3割3分3厘で、ウィリアムズとは1分以上の差がある。それほどの偉大な打者にも、野球人生で三つの悔いがあった。
 一つはワールドシリーズのひのき舞台を踏んだのが1度だけで、カージナルスに敗れてチャンピオンズリングを手にできなかったこと。二つ目は第二次世界大戦と朝鮮戦争での兵役で選手生活を5年近く中断されたこと。そして「俊足」に恵まれなかったことである。57年、ウィリアムズは打率3割8分8厘で史上最年長39歳で5度目の首位打者を獲得したが、もし自分にもう少しスピードがあってあと5本のヒットを内野安打で稼いでいたら、2度目の打率4割を記録できていたと、終生悔しがっていた。

 イチローにはそのウィリアムズが欲してやまなかった快足、そしてウィリアムズよりも平穏な時代にプレーできる幸福がある。68年ぶりの打率4割実現は、困難だが決して不可能な目標ではない。21世紀のメジャーリーグを代表する打者として、彼にはそれを成し遂げ、天国のウィリアムズにベースボールの「進化」を証明する使命があるはずだ。

<了>

※次回は2月19日に掲載予定です。
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著者プロフィール

ベースボール・コントリビューター(野球記者・野球史研究者)。出版社勤務を経て1998年からフリーのライターに。2004年からスカイパーフェクTV!MLB中継の日本語コメンテーターを務めた。著書に『戦火に消えた幻のエース 巨人軍・広瀬習一の生涯』など。新刊『MLB強打者の系譜「1・2・3」──T・ウィリアムズもイチローも松井秀喜も仲間入りしていないリストの中身とは?(仮題)』今夏刊行予定。野球文化學會幹事、野球体育博物館個人維持会員

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