優勝リングなきスーパースター “Mr.Cub”とA・ロッド

上田龍

A・ロッドと“Mr.Cub”の共通点

昨季のプレーオフ、試合前の始球式でファンの声援に応える“Mr.Cub”アーニー・バンクス 【Getty Images】

 昨年、アレックス・ロドリゲス(ヤンキース、以下A・ロッド)は史上最年少の31歳11カ月28日で通算500号本塁打を達成し、シーズン終了までにその数字を歴代17位の518本まで伸ばした。今季も50本ペースで本塁打数を積み重ねれば、レジー・ジャクソンの563本を抜いて歴代11位に躍り出る。
 本塁打王のほか、首位打者、打点王の打撃三冠、MVP、ゴールドグラブ(遊撃手として)など、かずかずの個人タイトルを獲得しているA・ロッドだが、ワールドシリーズのひのき舞台にはいまだたどり着いていない。プレーオフは昨年まで計7回出場し、マリナーズ時代の1995、2000年、ヤンキースに移籍した04年にはリーグ優勝決定シリーズに駒を進めたが、最近3シーズンは地区シリーズで敗退。06年のタイガースとのシリーズでは14打数でわずか1安打、打率0割7分1厘と不振を極め、最終戦では8番降格の屈辱を味わっている。

 通算500本塁打以上を記録している選手の中で、ワールドシリーズの出場経験がないのは、A・ロッドやマリナーズ時代の同僚ケン・グリフィーJr.(レッズ)など6人を数える。その中でも優れた個人成績を残し、ファンからの人気も絶大でありながらチームの優勝に縁がなかったプレーヤーの代表格と言われているのが、歴代19位タイの512本塁打を放ったアーニー・バンクスである。

優勝できないスーパースターの代名詞に

 バンクスはニグロリーグの名門カンザスシティー・モナークスでの活躍をカブスに見出され、53年にマイナーを経ず、カブス史上初のアフリカ系プレーヤーとしてメジャーデビューを果たした。このときカブスがモナークスに支払った移籍金は、2万5000ドル(1ドル360円計算で900万円)という当時としてはケタ外れな額だった。2年目に遊撃手の定位置をつかみ、3年目には打率2割9分5厘、117打点、遊撃手として歴代最多の44本塁打を放ち、うち5本はグランドスラムだった。またデビューからの424試合連続出場は、松井秀喜(ヤンキース)に破られるまでのメジャー記録でもあった。

 バンクスを不動のスーパースターの座に押し上げたのは58、59年の大活躍だ。58年には47本塁打、129打点の二冠。59年にも45本塁打、2年連続のタイトルとなる143打点の活躍が評価され、MVPを連続受賞。しかし、両年ともチームの勝率は5割以下で、カブス一筋にプレーしたバンクスの現役生活19シーズンで、3位以上を経験したのはたったの4回だった。メジャーリーグが東西2地区制になった69年には夏場まで首位を走っていたものの、終盤にメッツに逆転されて2位に終わっている。結局、バンクスはワールドシリーズに出場することなく、71年のシーズン終了後、現役を引退した。

 通算本塁打数は引退時点でメジャー歴代8位、11回のオールスター出場も果たした栄光の選手生活とチーム成績とがあまりにも対照的だった。このため、バンクスの名前は「優勝できないスーパースター」の代名詞になった。

明るい性格の“ミスター・サンシャイン”

 しかし、バンクスはNBA(米プロバスケットボール協会)の名プレーヤー、マイケル・ジョーダンの出現まではシカゴにおける最高のスポーツヒーローであり、現在もその座にあり続けている。“Mr.Cub”の尊称を奉られたカブス一筋の野球人生もさることながら、フィールド上での笑顔と明るく誠実な人柄で“ミスター・サンシャイン”とも呼ばれた。57年のシーズン中、厳しい内角攻めで悪名をとどろかせたドン・ドライスデールら相手投手から4度も危険球を投げられながら、その次の投球をいずれも本塁打でお返ししたファイティングスピリットが、ファンや同僚、さらには対戦相手からも大いなる親しみと尊敬を集めたのである。

 A・ロッドは本塁打数でバンクスを超え、守備や走塁においてもバンクスになかった卓越した能力を有している。しかし、たとえば彼が深刻なスランプに陥ったり、不用意な言動などでメディアやファンのバッシングを受けたときに見せる“この世の終わり”のような表情は、バンクスがフィールドの内外で振りまいていたスポーツ本来の明朗快活さとはかけ離れたものだ。
 バンクスはユニホームを脱いでもなお多くの人々に愛されている。しかし、A・ロッドがこのままかずかずの偉大な記録を打ちたて、引退後バンクスと同じく殿堂入りを果たし、永久欠番の栄誉に浴しても、話題になるのはまず本塁打数や巨額のサラリーといった「数字」になってしまうのではないだろうか。

 もちろん、A・ロッドにはまだまだワールドシリーズ出場、そして世界一にたどりつく可能性が十分にある。その点で彼は「バンクスの二の舞」を演じるわけにはいかないだろう。しかし一方で、自身のプレーやファイティングスピリットで球場に足を運ぶ人々に感動を与え、幸せな気分に浸らせるという点において、「バンクスの再来」になることを目指すべきでもある。

<了>

※次回は3月4日に掲載予定です。
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著者プロフィール

ベースボール・コントリビューター(野球記者・野球史研究者)。出版社勤務を経て1998年からフリーのライターに。2004年からスカイパーフェクTV!MLB中継の日本語コメンテーターを務めた。著書に『戦火に消えた幻のエース 巨人軍・広瀬習一の生涯』など。新刊『MLB強打者の系譜「1・2・3」──T・ウィリアムズもイチローも松井秀喜も仲間入りしていないリストの中身とは?(仮題)』今夏刊行予定。野球文化學會幹事、野球体育博物館個人維持会員

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