インディー格闘家・入江秀忠の「Road to 戦極」後編

入江秀忠

勝利を収め歓喜の雄叫び 【t.SAKUMA】

 試合用のトレーニングを始めてあらためて思い知った事は、体力・回復力などの急激な低下である。その事に悩む度、若いころの俺はもういない、道場番長だった俺はもういないと自分に言い聞かせた。
 だから今回、俺はプロとして、今はそのころの自分に1歩でも近づく事を目標とし1から体を鍛え直した。もちろん仕事も必要最低限とし特訓に挑んだ。

 ほとんど収入はなく、練習以外は自宅で倒れている日々。まさに背水の陣。
 辛く苦しい毎日ではあったが、試合が近づくにつれそんな俺の体も特訓に鳴れてきた。
 初めて臨んだメジャーの記者会見では、思いっきり空気を凍らせたりしながらもなんとかなんとか切り抜け、万全で当日を向かえるように思えた。
 そう、あのリングにあがるまでは……。

 決戦の時は迫っていた。

約束の場所

試合直前の入江 【入江秀忠】

 試合当日、送迎の車の中から見たさいたまスーパーアリーナのあまりの大きさに驚きと、気を引き締められながら、ついにやってきた選手控え室。
 厳重な医療・薬物検査に加え、試合前の赤コーナー側のリングチェックでは吉田選手やキング・モー選手が同じリングで練習していて思いっきり場違い感を感じた。

 同じ部屋には本日のメーンイベントをつとめるパンクラスの北岡悟選手と、韓国の英雄チェ・ムベ選手(後日よくよく考えたら、ものすごく濃い控え室だったな)もいて緊張感とひきしまった空気が流れている。

 そして、ウチのセコンド陣はというと、完全にこの「メジャー独特の空気」に呑まれていた。
 なにしろ、バンテージひとつまともに巻くこともできない奴らである。
 お揃いとまではいかなくてもいいのだが、ジャージもはかずに普段のコンビニでも行くかのような格好でセコンドにつこうとしている奴もいる始末なのだ。
 いちいちタイムウォッチ持ったか? 水忘れるなよ! と大舞台のこの後におよんで、選手であるこっちが気を遣わなければならない。

 そんなこいつらだから、花道の奥で出番を待つ間も緊張からか一同は終始無言になっていた。
 おいおい、こっちが泣きたいんだけど……。
 ま〜しかし、こんなプレッシャーは、この“格闘技界きってのはぐれ者集団”を率いてからずっと続いてきたことだし、思いっきり想定の範囲内なのであるのだが。
 キングダムの興業の時は、自分の出番の五分前まで裏方をしてメーンイベントの戦いに臨んだことなど数えきれないぐらいあった。
 そのことを考えれば、たいていのことで俺はあせったりはしない。
 それよりも今は、ここまでこの破天荒な俺についてきてくれた周りの人たちに感謝の気持ちを考えるべきところなのだろうな。

 そしてついに……
「オープニングファイト第1試合始まります」
 と、係りの人が俺達を呼びに来た。

戦極の乱2009オープニングファイト第1試合

 選手入場口に移動してから数分がたっただろうか。

「青コーナーより加藤実選手、赤コーナーより入江秀忠選手の入場です」

 そうさいたまスーパーアリーナにアナウンスが響き、いよいよ出陣の時はきた。
 最初に青コーナー側の加藤選手が花道を歩く中、俺たちは円陣を組んだ。
「よし、おめえら〜よくここまでついてきてくれた。やっとここまで辿りついたぜ。何があってもあきらめねえぞ、いくぞ!」
 俺の掛け声で、全員で声を張り上げたあと、いつものようにサングラスをかけると、俺は花道へと飛び出していった。

 だだっぴろいさいたまスーパーアリーナのリングへ続く花道は、俺のメジャー挑戦への道のりと同じのように遠く、そして長く感じた。

 これが、俺の信じた道。

 まだ本選開始前のガラガラの客席。テーマ曲も煽り映像も何もなかったけれど、これは確かに俺が歩んできた“メジャーへの道”。
 あきらめかけたけど、あきらめきれなかったみんなとの約束の場所。

 なんだか、セミみたいだな俺……長い間インディーという地中深くに埋もれてひっそり生きてきて、そしてわずかな光をうけるために今飛び立とうと、必死に飛び立とうとしている。そして……ついに……。

 2009年1月4日15:10分

 俺はメジャー団体“戦極”のリングに立った。

メジャーにいた魔物

マウントからパウンド連打でレフェリーが試合をストップ 【t.SAKUMA】

 そしてついに試合開始のゴングは鳴った。
 開始早々、打撃を警戒して距離を取ろうとしていた俺に、加藤選手の先制のパンチ連打が捕らえた。
 その瞬間、思いっきり俺の意識が飛んだ……。
(やべ〜なんでこの距離で当たっちゃうの……)
 加藤選手の身長は191センチ。ここまでリーチのある選手と俺は戦ったことがなかった。
 その後なんとか最初のテークダウンを取り、グランドに持ち込めたものの俺はとてつもない悪い流れを感じていた。
 スタミナトレーニングは十分に積んできたはずなのに、息が上がるはずないのに……。
 つらい……苦しい。
 魔物……これがメジャーの洗礼なのか……。

 スタンドに戻された後、再度タックルをしかけた俺に今度は思いっきりカウンターでひざ蹴りを合わせられた。左目に被弾、また気持ちが切れそうになる……。
 だけど倒れられない。みんなのため、俺のため、背負ってきた生き様のため。
 倒れたらすべてを失う。すべてが終わる。
 俺は半ば意識が朦朧(もうろう)としながらも、しかし何度も何度もタックルに挑んでいった。

 2R4分21秒。
 そして試合終了のゴングは鳴った。
 ボロボロだった。
 その瞬間、俺は精魂尽き果てリングに倒れこんだ。

「勝者、入江秀忠」

 レフェリーから手を上げられたのは正直、よく思い出せない……。
 ただ試合終了後に泣き顔をかくそうとセコンドからもらったサングラスの奥からは、とめどない涙が溢れてくることを、それを止められなかったのを鮮明に覚えている。
 トロフィーをもらっても勝ったという実感などではなく、やり遂げたことへの充実感だけが本当に心の底から溢れてくるだけだった。
 勝ち負けなんて、もうどうでもよかった。

エピローグ

勝利者トロフィーを手にする 【入江秀忠】

 試合から10日以上が経過したけど、俺は練習の再開はできていない。
 ただなんとなく、何事もなかったかのように平穏な毎日を過ごしている。
 あの熱く燃えたメジャー挑戦の旅は遠い過去のように、もしかしたら格闘技すらやってなかったかのように、いつか俺の記憶からなくなってしまうのかな……。

 俺はこれから何処へ行くのか? それは俺自身もわかりかねます(笑)。

 だけど、俺は必死に生きたことは忘れない。

 業界を渡っていく上で、形だけでも優等生ぶって力の強いものに擦り寄っていくことがクレーバーな生き方なのだと思う。
 世間を渡っていく上で自分に不利な行動、言動も多々あったことも事実だ。
 “格闘技界1の問題児”というレッテルも、ただの足かせでしかない。

 そんな事、わかっている。ずっと前からわかっている……。

 ただ、馬鹿といわれようと偽善者といわれようとも俺は俺でいたかっただけだ。
 あきらめた時が、その時こそが夢の終わりなのだから。

 どんなに遠回りでもいい、かっこ悪くたっていい。
 約束の場所に最後に立っていた奴こそが真の勝者なのだから……。

                  キングダムエルガイツ 入江秀忠

※この作品はノンフェクションです。実際の実名、団体名などはすべて関係あります。

■キングダムエルガイツ2009年度入団テスト

○試験日時2009年3月1日(日)13:00開始

○試験場所キングダムエルガイツ道場ファーストスピリット
(京王線聖蹟桜ヶ丘駅徒歩5分)

○募集要項25歳以下で、真剣にプロ選手を目指せる健康な男女

○応募方法写真付の履歴書に身長・体重・格闘技歴(スポーツ歴)・自己アピールを書きキングダムエルガイツまで郵送すること

○郵送先郵便番号206−0011
東京都多摩市関戸4−8−18TOHO聖蹟桜ヶ丘ビル5F
キングダムエルガイツ事務局宛
問い合わせ先042−376−1639

○応募締め切り2月22日(金)必着

○試験内容
・基礎体力テスト腕立て・腹筋・スクワット・反復横とび
・スパーリング(経験者のみ、未経験者はミット打ち)
・面接
・HIV・肝炎検査
・テスト合格者のみ当団体指定の病院でHIV・B型・C型肝炎検査(検査料団体負担)
*地方の方は前日にキングダムエルガイツ寮に無料宿泊できます。

○キングダムエルガイツ選手出場実績
・戦極・DEEP・ケージフォース・パンクラス・グラジエーターFC他多数
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著者プロフィール

1969年6月17日 生まれ。長崎県出身。キングダムエルガイツ代表。インディ格闘家・プロレスラー

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