リガ・デ・キトが守ったもの=準決勝 パチューカ 0−2 リガ・デ・キト

宇都宮徹壱

パチューカが「格下」でない理由

南米代表リガ・デ・キトが北中米カリブ代表パチューカを下して決勝進出を決めた 【Getty Images】

 FIFAクラブワールドカップ(W杯)も17日から準決勝。東京は残念ながら朝から雨模様だが、国立競技場のスタンドは思ったほど無残なものではなかった(3万3366人)。北中米カリブ代表パチューカ(メキシコ)対南米代表リガ・デ・キト(エクアドル)という、決して派手さのないこのカード。寒さで震える観客のためにも、いい試合を見せてほしいものだ。

 さてクラブW杯の準決勝ともなれば、例年なら“真打ち”のお披露目試合という意味合いが強い。だが今大会の南米王者は、よく言えば「フレッシュ」、悪くいえば「マイナー」ゆえに、これまでの準決勝とはいささか趣を異にする。リガ・デ・キトは、1930年設立。それなりに由緒あるクラブだが、いかんせん南米を制したのは今回が初めて。そもそもエクアドルのクラブが、ブラジル勢やアルゼンチン勢を抑えてリベルタドーレスカップを掲げるのは、まさに歴史的な快挙であった。代表レベルでは、2002年、06年と連続してW杯出場を果たし、今ではブラジルやアルゼンチンやパラグアイに次ぐ、南米第4勢力となりつつあるエクアドル。とはいえ、クラブレベルではまだまだ未知数な部分が多いだけに、この日のパチューカ戦で「何かが起こる」可能性は十分にあり得る。

 実際、この日の試合に限れば、北中米カリブ王者を「格下」と断じる要因は、あまりにも少ない。むしろ、パチューカが有利な材料の方が多いくらいだ。
 まず、大会の経験値。前回大会の出場経験を持つパチューカは、この大会の難しさと、それを乗り越えて得られる価値を十分に認識している。次に、コンディション。12日に来日したキトに対して、パチューカはそれよりも1週間早い5日には日本に入り、すでに1試合をこなしている。アルアハリとの準々決勝は、確かにタフな試合だったので(2点のビハインドから延長戦の末に4−2で逆転勝ち)、選手に疲労が残っているのは確かに不安材料だ。それでも劇的な勝利によって、何ものにも代え難い自信を得たはずである。

 もうひとつ考察すべきなのが、エクアドルとメキシコとの力関係である。
 エクアドルは前述のとおり、南米の新興勢力。対するメキシコは、かつては「北中米カリブの孤高」というポジションであったが、近年では米国やコスタリカといったライバルが力をつけており、地域内での競争も確実に上がってきている。加えてメキシコ自身、コパ・アメリカ(南米選手権)やリベルタドーレスカップなど、南米の大会に招待させるようになって久しく、もはや「南米>北中米カリブ」という構図は過去のものとなりつつある。2008年のリベルタドーレスカップでも、同じメキシコのクラブ・アメリカが、準決勝でキトと対戦。合計スコア1−1の接戦を演じている(アウエーゴールでキトが勝利)。つまり、メキシコのクラブが「南米王者」となっていた可能性さえあったのである。

チャレンジャーはどちらなのか?

 時おり雨が降り込んでくる記者席にて、どちらに肩入れして見るべきか、しばし逡巡(しゅんじゅん)してみる。こういう情報が限られたチーム同士のゲームの場合、いつも私は「チャレンジする側」の視点に立つようにしている。ただし今回の場合、どちらも挑戦者としての要素を持っていて、それが奇妙にねじれた構図となっているのだ。

「北中米カリブ対南米」という構図で見れば、前者、すなわちパチューカがチャレンジャーである。過去3回、日本で開催されたクラブW杯におけるファイナリストは、いずれも「南米対欧州」。ある意味、当然の結果ではあるのだが「これでは(前身の)トヨタカップと変わらないじゃないか」といったネガティブな意見も少なくなかった。しかし今大会で、欧州と南米が突出したフットボールの世界の構図が、初めて崩れるかもしれないのである。その意味で、パチューカは間違いなくチャレンジャーである。

 とはいえ、このパチューカというクラブ、実はメキシコでは1、2を争う金持ちクラブだったりする。サッカークラブのほかにも、商業施設やホテル、大学などを経営しているというから、その経営規模たるや推して知るべし。そもそもメキシコのリーグ自体、近年は非常に潤っていて、あえて欧州でチャレンジする選手は少数派とも言われている。
 対するキトの場合はどうか。年間予算は、日本円にして6億円弱というから、J2の小規模クラブとほぼ同額。予算規模で見れば、明らかにパチューカの方が上である。この対決は「金満クラブ対貧乏クラブ」と見ることも可能であり、その場合、今度はキトの方がチャレンジャーということになる。さあ、困ったぞ。

 このように実に対照的な両チームだが、一方で共通点もある。それはメンバー構成。どちらも、自国の選手をベースとしながら、要所要所で国外の選手を加えている。キトは、FWビエレル、MFマンソ、そしてセンターバックのN・アラウホがアルゼンチン人。対するパチューカは、FWヒメネス、マリオニ、アルバレスがアルゼンチン人、MFトーレスが米国人、センターバックのマンスールがパラグアイ人、そしてGKカレロがコロンビア人と、こちらはより多国籍である。

 こうして見ると「南米>北中米カリブ」という構図以前に、もはや南北アメリカ大陸のグラデーションが、かなりあいまいなものになっている。と同時に、今大会における両者の距離は、かつてなく肉薄しているように思えてならない。果たして、パチューカが南米の牙城を崩して、新たな歴史を作るのか。それともキトが金満クラブの鼻を開かして、これまでの伝統を守るのか。冷たい雨が降り続く中、キックオフ。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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