病院チームに訪れた変化の兆し=バレーVプレミアリーグ

田中夕子

アジア、中東、ニュージーランドなど、各国で指導経験を積んだ黒葛原新監督(中央) 【Photo:築田純/アフロスポーツ】

 Vプレミアリーグ男子、参戦3年目を迎える大分三好。開幕から8戦を終えた現在の成績は、1勝7敗と苦しいもの。それでも、過去2シーズンを最下位で終えたチームに、変化の兆しが見え始めた。

「今年の三好は、今までとは違う」

 プレミアリーグ参戦1年目は、選手やスタッフが病院職員という異色の経歴ばかりが注目を集めた。結果は、わずか2勝。それでも、土日の戦いを終えて、月曜の朝から白衣を着て通常通りの仕事をこなす彼らに送られる拍手は、温かなものだった。
 1つでも多く勝つことを目指し、昨年は指揮官にミュンヘン五輪金メダリストの西本哲雄氏を招聘(しょうへい)してリーグに臨んだが、同じく、勝ち星は2つ。他チームの選手たちにとって、大分三好は星勘定のしやすい、確実な勝利ができる相手。そんな認識すら芽生えていた。
 しかし、今季は違う。開幕の2連戦を終えた時点で、周囲にある種の「衝撃」が走った。
「今年の三好は、今までとは違う」
 開幕では、昨年の覇者であるパナソニックを相手に2−1とリードを奪いながらもあと一歩が及ばずのフルセット負け。それだけでも、「何かが違う」と思わせるには十分な要素ではあったが、翌日のNEC戦では立ち上がりから相手に流れを与えることなく、サーブ、レシーブ、粘りで圧倒。3−1で下し、2戦目にして早くも今季初勝利を挙げた。
 記者からの「勝因は」「昨年と違うところは何か」という質問に、至って冷静に、指揮官は応じた。
「これぐらいはできると思っていましたから、何も驚くことはない。勝てたことはとても喜ばしいですが、私も選手たちも、心はとても落ち着いています」
 他でもない。
 チームを変えた要因を生み出したのは、今季からチームを率いる黒葛原(つづらばら)浩二新監督、その人だ。

常勝日立、アジア各国での指導経験

 かつて常勝軍団として名をはせた日立女子バレー部で、故山田重雄監督のもとでコーチを務め、1997年からの11年間はサウジアラビアやタイなどアジア各国で指導者として経験を積んだ。大分三好がまだV1リーグ(現在のチャレンジリーグ)に所属していたころに、黒葛原監督率いるミャンマー男子代表と練習試合をしたことが縁となり、今季からチームの指揮を執ることになった。
 プレミア昇格後の大分三好を、黒葛原氏は知らない。誰が試合に出ていたか、誰が中心だったのか。もちろんそれまで増成一志選手兼任コーチによる指導のもと、チームスタイルは形成されつつあったが、ベースはあくまでベースとし、「今ある戦力で、できるものをつくりあげる」という発想のもと、9月の就任からわずか2カ月という短い時間のなかでチームづくりに着手した。
 たとえ昨年までは出場機会が限られた選手であっても、必ず、それぞれの役割がある。求められるのは守備なのか、攻撃力か。「心技体知」を掲げ、ただやみくもに練習するだけでなく、「考える」力の育成に重きを置く。

 開幕2戦で、その効果を最も顕著に示したのが大学卒業後、2年目のシーズンを迎えた神田聖馬だ。高校から大学までオポジットの選手であったため攻撃力に定評はあるが、昨年まではオンソム・デニス・モクア(ケニア)の控えに甘んじ、ピンチサーバーなど、出場機会はワンポイントに限られていた。しかし今季から、黒葛原監督は神田をサイドへコンバートし、これまでのいわば「デニス頼み」だった攻撃力の向上に努めた。ピンチサーバー時にはミスの多さが目立ったが、「ガムシャラに打つだけでなく、コースを狙って打てと監督から教えられ、(サーブが)入るようになった」と言うように、パナソニック、NECの守備を崩す強烈なサーブで連続得点を挙げるなど、十分な存在感を示した。サーブレシーブに参加しないオポジットのポジションと違い、守備面の負担は増したが、「監督が来て、やることが明確になった。精神面や技術面を鍛えれば何とかなると思えるようになって、6割ぐらいは自信がついてきました」と手応えもつかんでいる。

黒葛原の明快なスタイル

強いチームになるために――。明快な答えを黒葛原は提示する 【Photo:築田純/アフロスポーツ】

 オポジットにデニス、サイドの一方に神田、小川貴史という高い攻撃力を持った選手を配置し、もう一方のサイドを舩越満、中村絋二といった守備型の選手を入れ、各々の役割を明確にする。相手チームのスタイルによっては、神田、小川が対角の「攻撃型」シフトを組むケースもあるが、そのときはレシーブ要員として、後衛時にワンポイントで守備に優れた選手を投入する。黒葛原監督は「当たり前のこと」と言うが、昨年までの大分三好ではこれほど明快なスタイルはなかった。
 チームにとっては、黒葛原イズム、とも言うべき改革。主将の小川が、その効果を代弁する。
「(監督から)強いチームにはいい組織があると言われ、まずスタッフ、選手の関係づくりからスタートしました。みんなで動いているということを意識づけたことで、チームがいい方向へ向かっていると思います」
 日本では、指導者と選手の関係は上下で表されることが多いが、黒葛原監督はその風習を嫌い、「小川選手、小西選手」というように“選手”をつけて呼ぶ。
「海外では“コージ”と呼ばれるのも珍しくないですからね。それと一緒。選手と同じ目線でありたいと思うので、ごく普通に“選手”をつけているだけです」
 同等の立場で、責任は自分が取る。不満があれば、監督批判も大いに結構。それもまた、至って明快でシンプルだ。

“財産”を結果に

 待望の初勝利から6戦を終え、成績は1勝7敗。本来は8戦で3勝を目標としていたが、その数字には大きく及ばない。
「敗戦は財産。負けて得るものは、必ずあります」
 決して負け惜しみではない。通用する戦力、戦略。すべての試合に価値を見いだしている。
 とはいえ、6連敗。次の1勝を得る難しさも、現時点で痛感している。
「勝つことは、海に落ちたコンタクトレンズを探すよりも難しいですね」
 当初はイロモノだったチームが、2年の経験と新たな指揮官の知恵を得て、確実に変化しつつある。あとは結果を残すのみ。このまま「定位置」に終わるのは、あまりにもったいない。


<了>
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著者プロフィール

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、『月刊トレーニングジャーナル』編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に『高校バレーは頭脳が9割』(日本文化出版)。共著に『海と、がれきと、ボールと、絆』(講談社)、『青春サプリ』(ポプラ社)。『SAORI』(日本文化出版)、『夢を泳ぐ』(徳間書店)、『絆があれば何度でもやり直せる』(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した『当たり前の積み重ねが本物になる』『凡事徹底 前橋育英高校野球部で教え続けていること』(カンゼン)などで構成を担当

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