村田と横地、引退試合で見せた真骨頂=2人の舞姫が信じた道=新体操

椎名桂子

ルール改正とそれぞれのポリシー

ルール改正後も、さらに自分らしい演技に磨きをかけてきた横地。写真は引退セレモニーでの演技 【榊原嘉徳】

 シドニー五輪の翌年、村田は初めて全日本選手権で優勝。横地は2位。村田は「04年のアテネ五輪は個人で」を目標に日本のトップの座を着々と堅固なものにしていく。横地にとってもアテネ五輪は悲願であったに違いないが、シドニー五輪後に行われたルール改正は、手具操作の多様性や巧みさ、芸術性などを持ち味とする横地には不利なものであった。新体操はより身体能力重視、とくに柔軟性重視に変わっていった。ことに01〜03年あたりのルールでは、手具操作が非常に軽視され、とにかく難度(体の技)の高い技に点数が出る傾向が強くなってきてしまったのだ。1999〜2000年にはまさに「抜きつ抜かれつ」の様相だった2人の勝敗は、ここにきて「常勝・村田」という風に変わってきた。
 しかし一方で、ルール改正以降、難度の羅列のような味わいのない演技が増えてきた中、芸術性を追求する横地の演技はほかと一線を画しており、その横地の演技に対する観客の反応は明らかに変わってきていた。2000年までの横地は、五輪にもっとも近かったとは言え、まだひとりの「上手な選手」だったが、02年あたりから「魅せる選手」へと変容してきたのだ。
 横地の演技を楽しみにし、たとえミスがあっても「楽しませてもらった」という温かい拍手を送るファンが増えた。横地のファンは、所属クラブなどの枠を超えて、彼女に声援を送り、拍手を送った。
 04年4月、ただ1つのアテネ五輪個人出場枠を懸けた代表決定戦が行われたが、結果は村田が4種目を制して完勝だった。この年、横地のリボンは「座頭市」、くしくも村田もクラブで同じ曲を使っていた。五輪という国際舞台に向けて、「日本」をアピールする意図が双方にあったのだろう。どちらの「座頭市」も素晴らしく、村田のクラブはアテネでも拍手喝采(かっさい)を浴びた。しかし、横地の「座頭市」もアテネの舞台で披露するにふさわしい名作だった。

常勝村田、魅せる横地 視線の先には……

 五輪後の04年、05年の全日本選手権でも村田は勝ち続けた。しかし、常に「これで最後になるかも」というような発言がこのころは聞かれた。05年に個人総合優勝を決めたあとは引退宣言ととれる発言もしていた。しかし、この時点でこのトップ2をしのぐ選手がまだ国内に育っていなかったため、引くに引けないそんな状態に、アテネ後の村田は置かれていたように見えた。
 「五輪までは日本を意識した演技をしてきたけれど、これからはもっと自分らしさを大事にしたい」と、気持ちを吐露することもあった。

 引退か現役続行か、心揺れていた村田は、続ける以上は「自分らしさ」を表現できるようになりたいと望んでいたようだった。しかし、試合に出る以上は「勝つ」。それが村田に課された宿命でもあり、試合後にはやはり「難度の精度を上げて確実にとれるようにする」「もっと難度を上げていく」という話に終始せざるを得なかった。
 一方、横地はアテネ五輪出場を逃したあと、ますます自分の表現に特化した作品に取り組んできていた。村田同様、「引退は?」と問われることも増えていたが、「まだやれる自分がいるからやっています。自分が新体操でやりたいこと、やれることが見えているので。まだ自分が進化できると思えるから」と横地は答えた。もちろん、それぞれの試合において勝つという目標はあったはずだが、横地はすでにそれ以外のものを追っているかのようだった。

 07年5月、世界選手権代表決定戦のトップ2は、やはりこの2人だった。北京五輪の出場権獲得を懸けた戦いはやはりこのベテラン2人に頼るしかない、それが日本新体操界の現状であった。そして、この代表決定戦で久しぶりに横地は村田を抑え1位となった。アテネ後は常に進退を迷っている様子のあった村田は、このときもその迷いが吹っ切れないまま試合を迎えてしまったようで苦杯をなめた。それでも、村田は「代表に選ばれた以上は世界選手権までには調整する」と言い切った。
 しかし9月の世界選手権ではともに決勝進出ならず、北京五輪の個人出場権を逃すことになってしまった。このことが契機にもなったのか、11月の全日本選手権に先立って2人の引退記者会見が行われた。これは新体操では極めて異例のことで、それだけこの2人の存在が大きかったことの証明とも言えるだろう。

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著者プロフィール

1961年、熊本県生まれ。駒澤大学文学部卒業。出産後、主に育児雑誌・女性誌を中心にフリーライターとして活動。1998年より新体操の魅力に引き込まれ、日本のチャイルドからトップまでを見つめ続ける。2002年には新体操応援サイトを開設、2007年には100万アクセスを記録。2004年よりスポーツナビで新体操関係のニュース、コラムを執筆。 新体操の魅力を伝えるチャンスを常に求め続けている。

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