米大リーグ注目の156キロ右腕・田澤の魅力=第79回都市対抗リポート
都市対抗では先発、抑えにフル回転
最速156キロのストレートを武器にする田澤。都市対抗では米大リーグのスカウトも注目する中、実力を発揮して橋戸賞(MVP)を獲得 【島尻譲】
田澤純一は横浜商大高から新日本石油ENEOSに入社して4年目の22歳。ことし3月に行われた東京スポニチ大会では、準々決勝のJFE東日本戦で18奪三振を記録するなど最高殊勲選手を獲得。満を持して臨んだ都市対抗では1回戦から決勝戦まで先発3試合(1完封含む3勝)、救援2試合(1勝1セーブ)と全5試合に登板した。初戦のJR四国戦で先発し、8回、12奪三振、1失点。続く2回戦の三菱重工名古屋戦では10三振を奪って完封勝利を挙げた。準決勝のホンダ戦では初回に3ランを浴びたが、7回途中に降板するまで試合をつくった。決勝の王子製紙戦では抑えとして登板し、2イニングで4奪三振。「正直、疲れが抜けていないと言えば嘘になる」と漏らすこともあったが、チームの目指す日本一に貢献したいという強い気持ちが5連投の田澤を支えた。終わってみれば、28回3分の1を投げて36奪三振、防御率は1.27(失点・自責ともに4)と抜群の安定感だった。
投手有利なストライク先行で勝負できるスタイル
都市対抗決勝ではリリーフとして登板してチーム13年ぶり9度目の優勝に貢献した田澤 【島尻譲】
その成果は随所で見受けられた。最速156キロのストレートはややセーブされる形になったが、先発投手として存分に試合をつくり、完投能力が十分にあることも証明。これは成瀬浩次トレーナーの指導の下、下半身強化に適したジャンプ系チューブトレーニングを多く採り入れたことが素地になっている。また、下半身強化と並行するかのように変化球の制球力と完成度も増して、投手有利なストライク先行で勝負できるスタイルになった。
「以前は連打を浴びるとバタバタと崩れてしまうことがあったが、それがなくなりましたね。精神的にも本当に強くなりましたよ」
大久保英昭監督が語る通り、田澤は逞しく成長した。勝負どころでは元々の役割である抑え投手も任せられ、積み上げた自信から投球の幅を広げたのである。
打者を打ち取った後に何度も見せた咆哮(ほうこう)は、田澤自身が心に誓っていたチームへの恩返しへ一歩ずつ前進している証し。そして、そのシッカリと踏みしめた足跡は頂点までたどり着いた。チームは13年ぶり9度目の黒獅子旗(優勝旗)という栄冠をつかみ、田澤も文句なしで橋戸賞(大会MVP)を手中にした。
米大リーグのスカウト陣が東京ドームのネット裏に詰め掛けた。また、米大リーグ入りとスポーツ紙の紙面をにぎわせた。今大会が“田澤の大会”だったとは言わない。ただ、“大会の中心に田澤がいた”ことは間違いない事実である。
<了>
■田澤純一/Jyunichi Tazawa
1986年6月6日生まれ。神奈川県横浜市出身。180センチ、80キロ。右投右打。横浜商大高−新日本石油ENEOS。三ツ沢小3年の時から野球を始める。横浜商大高2年夏に甲子園出場を果たすも登板機会はなし。3年夏は神奈川県大会準決勝で、現西武の涌井秀章擁する横浜高に敗れた。2005年に新日本石油ENEOS入社で社会人4年目。ストレートの最速は156キロで、カーブ、スライダー、フォーク、チェンジアップの制球もいい。先発でも抑えでも適応能力があるところを見せ、国内プロ12球団はもちろんのこと、レッドソックスをはじめとする米大リーグ球団からも注目されている
- 前へ
- 1
- 次へ
1/1ページ