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田久保郁美、初のパラ五輪で目指すもの
北京パラリンピック・女子車いすバスケット
「ディフェンス力の強化が中国戦に生きた」と語る田久保。決勝トーナメントへ向け、熱い戦いはまだまだ続く
「ディフェンス力の強化が中国戦に生きた」と語る田久保。決勝トーナメントへ向け、熱い戦いはまだまだ続く【Photo:杉本哲大/アフロスポーツ】

 小学3年で始めたバスケットボールに夢中になり、中学の部活でもスタメンをはった。神奈川県内のバスケ強豪校への進学が決まっていた中学3年のある日、田久保郁美は右ヒザに痛みを覚えて病院に行くと、そのまま癌(がん)センターに直行させられた。悪性の骨肉腫と診断されたのだった。1年間に及ぶ、苦しい抗癌治療。

「大丈夫、ちゃんと元に戻るよ」

 そういう医師の言葉だけが頼りだった。


「なのに、ただ、歩けるようになっただけ。バスケができなくなるなんて、元に戻ったことになんか、ならないと思ってました」

 1年遅れで別の高校に進学すると、誘われるままにバスケット部のマネジャーになった。が、バスケ部顧問の教師が、神奈川県内の車いすバスケチームのコーチを兼任。田久保に強く車いすバスケのプレーヤーへの道を勧めてくれ、高校3年生で初めて車いすバスケを始めたのだった。

単身赴任で男子車いすバスケチームに所属

 車いすバスケと出会って5年。北京は、初めての挑戦となるパラリンピックだ。2年前にオランダで行われたゴールドカップ(世界選手権)という大舞台を経験した後、北京のために競技生活に専念できる環境を、自ら切り開いてきた。アテネ・パラリンピック以降、女子監督に就任した岩佐義明氏の指導を受けるため、住み慣れた神奈川県から宮城県仙台に住まいを移した。岩佐氏が監督を務める男子の車いすバスケチーム「宮城マックス」に所属、屈強の男子選手にまじって猛特訓を積んできた。田久保には、車いすバスケを始めたころに出会った、元・日本代表選手でもある田久保敏光さんという夫がいる。

「もちろん、単身赴任ですよ(笑)。私が代表選手としてやりたいことを、彼は本当に理解してくれてる」

 会社勤めを辞め、仙台では時間を自由に使えるアルバイトに転身。宮城マックスの練習日以外でも、一人で自由に体育館で練習ができる環境を手に入れた。宮城マックスは、今年度の日本選手権の優勝チーム。レベルの高い男子選手と一緒に練習することで、パワーもスピードも男子並みにアップしてきた。

「でも、ゴールドカップの時、世界の強豪を相手に、自分のシュート力のなさをいやというほど痛感したんです。シュートの練習なら、一人でもできる。とくにミドルシュート。世界は簡単にカットインなんか、させてくれない。どんなシュートも、精度を上げていかないと」

初戦の相手、地元の中国にきん差で勝利

 こうして臨んだ、初めての北京。初戦の相手はホームの中国だ。

「すっごいアウエー。自分たちのリズム、ペースを作るのが、本当に大変でした」

 試合は、前半終了時点で26−25と、わずかに1点差。第3クオーターで突き放すかに見えたが、中国も追いすがってくる。

「苦しい展開だったけど、それでもチーム全体がすごく強い気持ちをもって戦っているということがひしひしと感じられた。このチームだから大丈夫という信頼感がちゃんとありました」

 「加油! 加油!」の大合唱がこだまするアリーナで、田久保は自分より大きな中国選手とマッチアップして押さえ込み、走って走ってシューターの網本麻里にボールをつないだ。そうして、日本は大事な初戦を49−46でもぎとった。

 女子監督として、自身初のパラリンピックとなる岩佐監督が言う。

「女子であっても、マックスの連中を指導するのとまったく同じように、とにかく走るバスケ、堅いディフェンスから切り返していく攻撃、どんどんパスを回していく展開の速さを徹底的にやらせてきました。走ることだけは、どんな選手でもそこに没頭しながら、スピードアップしていくことができます。今日も、初戦ということで、チーム全体の動きはぎこちなかったけれど、走り負けしていなかったから、絶対に後半に自分たちの波が来ると信じることができた。焦りはありませんでした」


 2年間、岩佐監督のもとで修行を積んできた田久保への信頼は、あつい。

「1対1のガチンコで絶対に負けないディフェンス力を強化してきた。それが、今日の中国戦で生きていました。だから、完全アウエーの中国相手に、最終的に競り勝つことができたと思っています」


 ゴールドカップでは6位だった。初めての北京パラリンピックで田久保が目指すものは――。


「金メダル! それしか、考えてません」


 勝ち星を重ねて、決勝トーナメントへ。まだまだ、戦いは続く。


<了>

宮崎恵理

東京生まれ。マリンスポーツ専門誌を発行する出版社で、ウインドサーフィン専門誌の編集部勤務を経て、フリーランスライターに。雑誌・書籍などの編集・執筆にたずさわる。得意分野はバレーボール(インドア、ビーチとも)、スキー(特にフリースタイル系)、フィットネス、健康関連。また、パラリンピックなどの障害者スポーツでも取材活動中。日本スポーツプレス協会会員、国際スポーツプレス協会会員。著書に『心眼で射止めた金メダル』『希望をくれた人』。

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