ヒリヒリした焦燥感=日々是最終予選2008−09

宇都宮徹壱

やはり甘くはなかった最終予選

日本―バーレーン 後半43分、連係ミスから連続失点し頭を抱えるGK楢崎(右から2人目)=マナマ 【共同】

 きっかけは、中村憲のゴールが決まる直前に行われた、日本の選手交代であった。長谷部OUT/今野泰幸IN――長谷部の疲労具合と後半残り10分の守備固めを考えれば、決して悪くはない判断だったと思う。だが、このとき「交代で入った選手の役割が徹底できなかった」(岡田監督)ために、日本の守備が一時的に弛緩(しかん)し、そこを一気にバーレーンに突かれてしまった。

 後半42分、日本の左サイドからのバーレーンのクロスに誰も対応できず、ボールはサルマン・イサにわたり、左足からゴールを許す。
 さらにその1分後、またもロングボールを放り込まれ、これを闘莉王がヘディングでバックパスを送ろうとしたところ、GK楢崎との呼吸がまったく合わず、ボールはそのままゴールに吸い込まれてしまった。これで3−2。それまで意気消沈していたバーレーン人たちが、スタンドから立ち上がって叫び始め、会場は一転して異様な空気に包まれる。

 ロスタイムは3分と表示された。だが、たった2分で2ゴールを挙げたバーレーンにしてみれば、ロスタイムでの同点、逆転も十分に可能に思えたのではないか。遠目からのシュートやクロスを盛んに放っては、楢崎が鬼の形相で対応するシーンが続いた。3年前の、そして11年前のヒリヒリした焦燥感が、にわかに蘇ってくる。そう、このしびれるような感覚が最終予選なのだ。そしてW杯への道のりは、やはり甘いものではなかった。

 ロスタイムでの3度のピンチを何とかしのいで、ようやくタイムアップのホイッスルが鳴り響く。日本はアウエーの地・マナマで貴重な勝ち点3をもぎ取ることに成功した。だが、勝つには勝ったものの、多くの課題と不安が露呈した、多難の幕開けとなってしまったのも事実。現状のままでは、残り7試合も相当に苦労することになりそうだ。
 記者席を立って会見場に向かう途中、白装束のバーレーンの記者と目が合う。彼はにっこりほほ笑んで「グッドゲーム!」と声を掛けてくれた。こちらもほほ笑みを返す。次の瞬間、後半ロスタイムからずっと続いていた緊張が、すっと肩から抜けていくのを感じた。

終了間際の2失点は必然だったのか?

 試合後のミックスゾーン。勝ち点3を日本に持ち帰ることができたにもかかわらず、選手たちの表情に明るさはなかった。3−0の楽勝ムードから、一気に1点差まで追い上げられ、最後は尻に火が点いた状態で逃げ切ったのだから、当然といえば当然である。結果がすべての予選とはいえ、選手一人一人に重い課題が残ったはずだ。
 ゲーム終盤での2失点について、選手たちのコメントを紹介しておこう。

「クロスを上げた選手のところに行けなかった。マークのずれで相手がフリーになった」(長谷部)
「途中から入ったフレッシュな選手が、がむしゃらにボールを追いかける姿を見せないと、ああいった形で失点してしまう」(中澤)
「(2失点目は)声を出したけど、ああいう形になるということはコミュニケーションミス」(楢崎)

 これらのコメントからは、たとえば相手がひとり少なくなったときや、守備の選手が投入されたときのコンセンサスがまだ周知されていないという事実が、にわかに浮かび上がってくる。つまり守備に関するコンセプトは、まだ未完成である可能性が高い。
 これまで岡田監督は「われわれのコンセプト」を金科玉条(※)とし、会見で何度も繰り返してきた。だが、その実体は「攻守の切り替えを素早く」とか「ボールを奪われたらチェイスして奪い返す」といった基本的なものばかり。攻撃のバリエーションに関しては、中村俊の頭脳とイマジネーションに依拠することで、何とかチームとしての体(てい)を成してきたのが実情である。ところが今回、図らずも守備面での応用力が試され、かなり深刻な問題を抱えていることが明らかになった。これらの課題に対する明確な回答を、指揮官が持ち得ていないとしたら、その任は選手一人一人が担うしかないだろう。

 もちろん、この日の試合では収穫もあった。久々に代表公式戦に出場した田中達は、そのアジリティーを遺憾なく発揮していたし、玉田はファウルゲッターという新たな一面を見せて、前線でのセットプレーのチャンスを演出した(彼の献身がなければ、前半の2ゴールは生まれなかっただろう)。中盤の扇のかなめである遠藤の復活、そして中村憲の意表を突くミドルも好材料だ。それだけに、今回マナマで得た教訓は、きちんと検証された上で今後の戦いに生かされなければならない。

 ともあれ、最終予選の幕は切って落とされた。裏の試合では、カタールがウズベキスタンに3−0で完勝し、隣のグループでは北朝鮮がUAE(アラブ首長国連邦)とのアウエー戦に勝利している。欧州に目を転じれば、マケドニアがスコットランドに、オーストリアがフランスに、それぞれアップセットを演じた。何が起こるか分からない、何が起こっても不思議ではない、W杯出場を懸けた戦い。やっぱり最終予選は一筋縄ではいかない。果たして今回は、どんな感動と絶望のジェットコースターが、われわれを待ち受けているのであろうか。

※金科玉条(きんかぎょくじょう):最も大切な法律・規則。絶対的なよりどころとなるもの

<了>

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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