新たなる歴史の扉を開けたスペイン=美しいフットボールでの完全勝利

トラウマからの解放

素晴らしいフットボールで優勝したスペイン。準々決勝の壁というトラウマも克服 【REUTERS】

 今大会で最もスペインを苦しめたのは、準々決勝のイタリア戦だった。0−0で90分を終えると、延長戦でもスコアは動かず、PK戦の末に準決勝への切符を手にした。しかし、それ以外の5試合では、チャンピオンらしいフットボールで内容と結果を同時に出してみせた。
 スペインは必ずしもボールポゼッション率で相手を上回っていたわけではないが、効果的にボールを保持し、素早いパス回しで攻撃を組み立てた。両翼のセルヒオ・ラモスとカプデビラ、中盤のイニエスタ、シャビ、マルコス・セナ、シルバ、そしてよりフレキシブルな動きで相手をかく乱した2トップのビジャとフェルナンド・トーレス。彼らが代わる代わる攻撃参加し、見ていて楽しいフットボールが実現したのだ。アラゴネスは今大会の基本フォーメーションを4−4−2に決め、それまでの4−1−4−1はオプションで使うにとどめた。しかし、ワントップに“クアトロ・フゴーネス”(4人の創造者)と呼ばれるシャビ、セスク、イニエスタ、シルバを2列目に並べる布陣も、ビジャの負傷というアクシデントによるものとはいえ、準決勝、決勝で効果を発揮した。

 しかし決勝でのスペインは最初の10分間、本来のプレーができなかった。シュバインシュタイガー、バラック、ポドルスキ、クローゼといったドイツの破壊力のある攻撃陣を意識し過ぎたのか、選手たちのプレーには硬さが見られた。だが、彼らは今までのスペインではなかった。十数分間の“勉強”を経て、スペインは徐々に自分たちのプレーを取り戻したのだ。そして、前半33分のフェルナンド・トーレスの技ありゴールによる1点で、勝者の称号を手にした。

 素晴らしいフットボールで優勝をつかんだスペインは、これでようやく、国際大会で勝てないというジンクスを自らの手で打ち破った。デル・ボスケとともに歩む新生スペインは、準々決勝のトラウマに悩まされることもないだろう。そして何より、国民から代表として認められたスペインは、赤と黄のユニホームに身を包むことに若干の躊躇(ちゅうちょ)を覚えることも、今後はないに違いない。

 スペインではこれまで、フットボール代表が表舞台に立つことはほとんどなかった。バスケットボール代表は06年の世界選手権で悲願の初優勝を果たし、テニスプレーヤーのラファエル・ナダルやF1ドライバーのフェルナンド・アロンソは、世界の舞台でスペインの名をとどろかせてきた。しかし、ついにフットボールにもその時が来たのだ。ただユーロで優勝したのではない。独自のスタイル、アイデンティティーを示して欧州王者に輝いたのだった。

レベルの高かった今大会

世界最高のGKのひとりと言われるカシージャス(右端)の堅守も光った 【REUTERS】

 今回のユーロは、多くの示唆に富んだ大会となった。最も重要なのはクオリティーの変化である。前回のポルトガル大会は、ギリシャの初優勝という驚きのうちに幕を閉じたが、試合のレベルは決して高いとは言えなかった。
 4年後のスイスとオーストリアでは、全く別の現象が起こった。ハイボルテージでテクニックに溢れ、高度な戦術に彩られた試合が見られ、いくつかのサプライズも生まれた。マルコ・ファン・バステン率いるオランダの“革命的フットボール”がもたらしたインパクトは、誰もが賛同するところだろう。エンゲラール、ファン・デル・ファールト、ファン・ペルシ、スナイデル、カイトら若きタレントたちが繰り広げたスピード感に満ちたカウンター攻撃に、イタリア、フランスもなすすべなく完敗した。

 そのオランダを準々決勝で破ったロシアも、今大会成長を遂げたチームの一つだ。戦略家のフース・ヒディンクに導かれた若きロシアのプレーぶりは、経済的にも飛躍を遂げているロシアのパワーをまざまざと見せ付けられた感がある。チームのベストプレーヤー、アルシャービンというニューヒーローも誕生した。また、ストライカーのパブリュチェンコや左サイドバックのジルコフ(本来は中盤の選手)も将来性溢れる選手である。
 決勝で敗れたドイツでは、ラームとシュバインシュタイガーの成長は目を見張るものがあった。全盛期を迎えているバラックの存在感、かじ取り役のヒッツルスペルガーという発見もあった。

 惜しまれるのは、ポルトガルの予想以上の早期敗退だろう。クリスティアーノ・ロナウド、デコといったタレントを擁し、ペペやリカルド・カルバーリョらが支える守備も硬いポルトガルは、優勝候補の一角と見なされていた。グループリーグは危なげなく勝ち上がったものの、ドイツの前に従来の力を発揮できず、準々決勝で姿を消した。チェコはスター選手こそ多くはないものの、組織的なまとまったチームだった。だが、トルコに逆転負けを喫し、グループリーグ敗退となった。
 トルコは、まさに前回大会のギリシャのような存在だった。奇跡的な逆転劇で次々と勝ち進み、相手国を恐怖に陥れた。だが準決勝では、累積警告や負傷で欠場する選手が続出し、ドイツを打ち負かすエネルギーはもう残っていなかった。ただギリシャと異なるのは、彼らはダークホースではあっても、実力も十分兼ね備えたチームだったということだ。ニハトやハミト・アルティントップ、エムレ、メフメト・トパル、そして特にアルダ・トゥランは大きな印象を残した。

 最後にスペインの殊勲者を挙げておきたい。2トップのビジャ(4ゴールで今大会の得点王)、トーレス、中盤のシャビ(最優秀選手に輝いた)、イニエスタ、セナ、磐石なディフェンスライン、そして並外れたGKカシージャス。イタリア代表のブッフォンとともに、世界一の守護神と言えるだろう。

<了>

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著者プロフィール

アルゼンチン出身。1982年より記者として活動を始め、89年にブエノス・アイレス大学社会科学学部を卒業。99年には、バルセロナ大学でスポーツ社会学の博士号を取得した。著作に“El Negocio Del Futbol(フットボールビジネス)”、“Maradona - Rebelde Con Causa(マラドーナ、理由ある反抗)”、“El Deporte de Informar(情報伝達としてのスポーツ)”がある。ワールドカップは86年のメキシコ大会を皮切りに、以後すべての大会を取材。現在は、フリーのジャーナリストとして『スポーツナビ』のほか、独誌『キッカー』、アルゼンチン紙『ジョルナーダ』、デンマークのサッカー専門誌『ティップスブラーデット』、スウェーデン紙『アフトンブラーデット』、マドリーDPA(ドイツ通信社)、日本の『ワールドサッカーダイジェスト』などに寄稿

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