オランダ代表、戦いの地でつづる友好の物語

中田徹

「オランダ、頑張れ」と口にするベルンの子どもたち

オランダ対ルーマニア戦で試合を待つオランダサポーター=17日、ベルン 【REUTERS】

 6月17日、午後1時ごろ。オランダ対ルーマニアの試合まで8時間近くあったが、6000人ほどのサポーターがすでにベルンの町を盛り上げていた。
「試合開始時には、だいたい2万5000人から3万人のオランダ人が町の中にやってくるだろう」
 そうオランダの警察は見積もっていた。フランス戦では6万人ものオランダ人がベルンの広場や通りを埋めたという。

 幼稚園児か、それとも小学生の低学年か。先生に引率された何組かの帰宅途中のスイスの子供たちを目にした。
「ホーランド! ホーランド!」
 普段着姿の子供たちは、帰宅時のたわむれとして「オランダ、頑張れ」と口にするのだ。
 どれだけユーロ(欧州選手権)2008のオランダの選手、そしてサポーターが、ベルンの人たちに影響を与えたのだろう。

 ベルン市長は、オランダメディアに対しこう語っている。
「2005年、トゥーンがチャンピオンズリーグをベルンで戦ったとき、アヤックスのサポーターも多く来たが、その中にはフーリガンも含まれていた」
 しかしオランダ代表のサポーターは違った。フランス戦の行われた日、市長が建物の最上階から町を眺めていたら、「町はまったくのオレンジだった。町の歴史の中で最大のお祭りだった」。それでいて今回のオランダサポーターは非常に陽気で、生き生きとしており、ベルンの市民を「オランイェ・ウイルス(オランダ代表・伝染病)」にしてしまったのだという。

 かつてオランダ代表のサポーターはフーリガンとして恐れられていたが、今は違う。
 アヤックスやフェイエノールトといったクラブのサポーターは、フーリガンとして国際試合でもめ事を起こすが、最近のオランダ代表の国際試合ではそんなシーンを見たことも聞いたこともない。ベルンの町に来ているサポーターを見ると、好戦的な顔はなく、老若男女がフレンドリーに笑っている。
 今サポーターの間ではやっているのは、オレンジのTシャツに描かれたライオン(オランイェのシンボルはオレンジ・ライオンだ)の口をめくると、ライオンが相手を威嚇するかのような表情に変わるというグッズだが、オランダ企業がこれを従業員向けに大量買いしているように、ともかくオランダ人はオランイェに対し自然体かつノリがいいのだ。

 全然怖くないサポーター。その力は、アウエーで発揮される。ワールドカップ(W杯)や、欧州選手権の予選で、オランダのサポーターは欧州各地へ飛ぶが、敵地の大広場ではオランダ人が占拠するものの、どんどん地元の人たちがオランダの応援に飛び入り参加する。
 いかに相手を威嚇し威圧するか――ではなく、いかに楽しく振る舞い、敵を味方に引き寄せるか――これがオランダ・サポーターの秘けつである。この力はベルンでも存分に発揮されたのである。

オランダ代表が形成する「ビッグファミリー」

死のグループと言われたC組で、圧倒的な強さで1位通過したオランダ代表チーム=17日、ベルン 【REUTERS】

 オランダが試合に勝つと、7割方オランダのサポーターで埋まったベルンのスタジアムのピッチを、選手たちがあいさつをしながら一周。メーンスタンドに戻ってくると、観客席にいるわが子を探して選手が抱き上げる……というシーンは、今大会のオランダ代表の名物となった。ルーマニア戦後もオーイヤー、ファン・デル・サール、カイトが子供たちとのスキンシップをピッチの上で楽しんでいた。
 今回のオランダ代表は「ビッグファミリー」と呼ばれている。これまでオランダ代表のビッグトーナメントには主に選手の奥さんが現地までやってきたが、今回は子供たち、両親、親戚までもがスイスへ駆けつけ、試合や練習を見にきている。オランダはユーロ2004の時にベビーラッシュを迎えたが、その子たちがちょうど大きくなり、パパは子供がいとおしく、子供たちもパパから離れられないのかもしれない。

 オランダ代表の選手間・スタッフ間の関係も、これまでにないほど良い。さらにベルンへ駆けつけたサポーターがビッグファミリーを形成する。
 オランダへ電話してみると、「今回のオランダ代表を見て、サッカーが本当に楽しいスポーツだとあらためて実感した」「オランダは今すごい盛り上がりですよ」という声を聞く。23人の選ばれし選手とテクニカル・スタッフ、その家族を長とするなら、その家系図の下にはベルンに来たサポーター、オランダに残った国民が枝分かれし、さらにオランダサッカーに魅了された外国人(例えばベルン市民)もが、今回のビッグファミリーを形成しているのだろう。

 ルーマニアを2−0で下し、3戦全勝の勝ち点9、そして9ゴールという完ぺきな成績をベルンで残したファン・バステン監督は開口一番、こう言って笑った。
「この町を去るのは寂しいね」
 それを聞いたベルン市長は
「(ファン・バステン監督が言うように)バーゼルの芝生が嫌なら、準々決勝をベルンでやればいいのに」
 と返した。

 オランダは、2006年W杯王者のイタリアを3−0、準優勝のフランスを4−1と撃破し、今度は予選で1分け1敗と苦手にしたルーマニアをBチームの編成で破った。この夜のファン・ペルシの豪快なゴールは、ベルンの子供たちの目にも強烈に焼きついたろう。
 相思相愛――そんな関係を築いたオランイェとベルン。その物語はバーゼルでも続くだろうか。

<了>
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著者プロフィール

1966年生まれ。転勤族だったため、住む先々の土地でサッカーを楽しむことが基本姿勢。86年ワールドカップ(W杯)メキシコ大会を23試合観戦したことでサッカー観を養い、市井(しせい)の立場から“日常の中のサッカー”を語り続けている。W杯やユーロ(欧州選手権)をはじめオランダリーグ、ベルギーリーグ、ドイツ・ブンデスリーガなどを現地取材、リポートしている

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