クロアチア、苦しんだ勝利者の行方=オーストリア 0−1 クロアチア

今大会注目のクロアチアは期待外れか

クロアチアはモドリッチの1点を守り切り、苦しみながらも勝利した 【Getty Images/AFLO】

「サッカーは何が起こるか予想できないスポーツだ。でも、これだけは断言できる。近隣の親愛なるオーストリアよ。どうやら相手が悪すぎたようだ。残念ながら、われわれクロアチアとの一戦では、あなた方にはチャンスの一つもめぐってこない。とはいえ、弱いチームが強いチームに勝利することはよくある話だ。いずれにしろ、今度の対戦は両チームともモチベーションを高く保ち、良いサッカーをするように心掛けようじゃないか」

 これは、ユーロ(欧州選手権)2008が開幕する直前、元クロアチア代表監督のミロスラブ・ブラジェビッチ(愛称“チーロ”)が発したコメントである。チーロは1998年のワールドカップ(W杯)・フランス大会で“バトレニ”(クロアチア代表の愛称=炎の意味)を率い、3位という快挙を成し遂げた名将である。
 クロアチアのメディアは、チーロの見解に大いに賛同した。事実、新聞上にはオーストリア戦を楽観視する報道が常に見られた。しょせん、彼らにとってオーストリアのサッカーは“2部リーグ”止まりなのであろう。
 おそらく、いや、確かに彼らの言う通りかもしれない。少なくともオーストリアに関しては、誰しもがそう思っているだろう。だが、昔から言われているように、大きな大会で最も難しい試合となるのは初戦である。どんな対戦相手なのかは関係ない。

 クロアチアがオーストリアを下し、ユーロ初戦で勝ち点3を獲得したことは紛れもない事実だ。しかし、ウィーンのエルンスト・ハッペル・シュタディオンで行われた今回の一戦は、クロアチアのサポーターや専門家が全く予想していなかった試合内容となった。後半ロスタイム、オーストリアのローマン・キーナストのヘディングシュートが数センチ左に向かっていたら、オーストリアは引き分けという結果を手にしていただろう。いや、オーストリアにしてみれば、引き分けという結果でさえ決して妥当なものではなかったはずだ。後半はオーストリアが圧倒的にゲームを支配していたし、堅い守備からカウンター攻撃を狙っていたクロアチアを全く恐れなかった。勝利に対する執着心は、ひしひしと観客席に伝わってきた。

 ユーロ開幕前、クロアチアのビリッチ監督は強気な姿勢を見せていた。「われわれは予選のときよりも、さらに良いサッカーをする」。ただ、この試合を見た後では、彼の言葉はむなしく聞こえるだけだ。クロアチアが初戦で見せた内容は、彼らに期待していたサッカー関係者、そして母国クロアチアサポーターを落胆させるに十分だった。
 もちろん、それを一番分かっているのは監督、選手ら自身である。事実、試合後のロッカールームでは、選手は誰一人として満足した表情を見せていなかった。そこで、ビリッチ監督は、突然音楽を流し、こう叫んだという。
「みんな、なぜ歌わないんだ? われわれは勝利者なんだぞ!」

ゲームプランを崩されたクロアチア

 クロアチアの選手らが自身のプレー内容に満足していなかったのは、とりわけ不思議なことではない。確かに、オーストリアの方が、質の高いサッカーをしていたし、それは誰の目にも明らかだった。さらに言うなら、クロアチアは運に助けられた部分もある。前半4分にオリッチが相手DFに倒されて得たPKは、その判定に非常に疑問が残るものだった。

 早い時間帯に先制点を奪うことに成功したクロアチアは、理想のゲームプランに沿って試合を進めることができたはずだった。一方のオーストリアは、意外な形で失点を許してしまい、思うようなサッカーができずに苦戦を強いられた。
 しかし、ゲームプランを崩されたのは、先制点を奪って波に乗ろうとしていたクロアチアの方だった。オリッチ、モドリッチら攻撃陣が、すんなりと追加点を決めていれば、クロアチアが試合を優勢に進めていただろう。少なくとも、最少得点を守るべく、選手らが体を張って必死にプレーする状況は、誰も予想していなかった。
 結局、クロアチアは1−0で勝利を手にすることに成功するが、勝利者が満足することができたのは「勝ち」という結果以外には何もなかった。

 オーストリアは素晴らしい戦いを見せた。おそらく、今大会の出場国の中で最も謙虚で、地力で劣るこのチームは、開催国としてユーロ出場権を獲得することしかできなかった。しかし、ヨーゼフ・ヒッケルスベルガー監督率いるオーストリアはこの日、後半に見事なサッカーを披露し、地元のサポーターを熱狂させた。恐れることなく、闘争心をむき出しにした見ごたえのあるサッカーだったが、ほんの少しばかり“運”がなかった。

モドリッチ「僕らはもっとできる」

 試合後、MFのクラニチャルは次のようなコメントを残した。
「後半、僕らが全く別のチームとなってしまった要因はたくさんある。守備時には無意識に自陣に引いてしまい、オーストリアの選手に自由に中盤を使われてしまった。それに、今日の試合は、ドイツW杯のオーストラリア戦を何となく思い出すものだった。もしかしたら、僕らは勝たなければいけないというプレッシャーを意識し過ぎたかもしれない。何しろ、大きな大会で勝利することを長いこと経験していなかったから。でも、僕は落胆なんかしていない。勝利者が落胆する理由なんてどこにもないだろう?」

 確かにクロアチアは、1998年のフランスW杯での成功以降、2002年の日韓W杯、ユーロ2004、2年前のドイツW杯のグループリーグ全9試合中、勝利したのはたった1度だけだった(日韓W杯のイタリア戦で勝利)。
 クラニチャルが語る“プレッシャー”。クロアチアが苦戦した一番の原因は果たしてそこなのか? いずれにしろ、初戦のオーストリア戦だけは、彼らの名誉のために、多少なりとも甘く見守っていくことにしよう。オーストリアに関しても、期待させておきながら、ポーランド、ドイツとの試合にあっさりと負けることだけは避けてほしいものだ。

 ユーロのようなビッグトーナメントでは、勝利は試合内容よりも優先される。クロアチアが苦戦した原因を追究することが、今、彼らに一番求められているものだろう。今後のドイツ、ポーランド戦で、今回のような内容のサッカーを続けるのであれば、待ち受けているものは、過去の失態の繰り返しそのものである(日韓W杯、ユーロ2004、ドイツW杯でのグループリーグ敗退)。

 グループリーグ第2戦目のドイツ戦は、12日に行われる。その日までにクロアチアは本来のサッカーを取り戻すことができるのか。試合後、チームの司令塔モドリッチは静かに口を開いた。
「僕らはもっとできる」

 クロアチアサポーターは心から望んでいる。自分たちのチームが、バラック、クローゼ、ポドルスキを擁するドイツ相手に素晴らしいサッカーをすることを。ユーロで期待していたクロアチアのサッカーはこんなものじゃないはずだと。

<了>
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著者プロフィール

1961年2月13日ウィーン生まれ。セルビア国籍。81年からフリーのスポーツジャーナリスト(主にサッカー)として活動を始め、現在は主にヨーロッパの新聞や雑誌などで活躍中。『WORLD SOCCER』(イングランド)、『SID-Sport-Informations-Dienst』(ドイツ)、日本の『WORLD SOCCER DIGEST』など活躍の場は多岐にわたる

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