野茂へ期待する「偉大なるカムバック」=MLB名人物ファイル

上田龍

結果を残せなかった野茂

 4月20日(現地時間)、野茂英雄がカンザスシティー・ロイヤルズから戦力外通告を受けた。開幕直後に3年ぶりのメジャー復帰を果たしたものの、3試合、4回1/3を投げて被安打10、被本塁打3、失点・自責点ともに9、防御率18.69と結果を残すことができず、トレイ・ヒルマン監督は苦渋の決断を下すことになった。

 2年半のブランク、39歳8カ月という年齢、度重なる故障や肩、ひじの「勤続疲労」による球速の衰え、日本時代からの課題である制球難に加え、1995年のメジャーデビュー以来、2005年のデビルレイズ(現レイズ)時代までの通算320試合登板中、98年のメッツ、00年のタイガース在籍時にそれぞれ1回しか経験のなかった救援投手としての起用も、ここまでの投球内容に少なからず影響を及ぼしたものと思われる。
 先発投手として、新人王や両リーグでの奪三振王とノーヒットノーランなど、数々の輝かしい実績を残してきた野茂が、新天地で再び先発投手としてきれいなマウンドに立つことを待望する声も多いと思う。しかし、筆者はあえて提案したい。リリーフ投手としてメジャー生活の「第2章」を切り開く道もあるのではないだろうか。

 長いメジャーの歴史には、野茂と同じように先発投手として輝かしい実績を残しながら、その後成績の低迷で選手生活の危機に直面し、リリーフに転身して見事なカムバックを果たしたケースがいくつかある。その代表格が、88年からアスレチックスのリーグ3連覇に大きく貢献したデニス・エカーズリーだろう。

栄光から低迷、アルコール依存症へ

 1975年、インディアンスでメジャー昇格を果たしたエカーズリーは、躍動感に満ちたサイドハンドの投球フォームから繰り出す豪速球、スライダー、シンカーを武器に、いきなり13勝7敗、防御率2.60の好成績をマーク。当時、リーグきっての弱小チームだったインディアンスにあって、デビューからの3年間で合計40勝(32敗)をマークし、77年5月30日(現地時間)には、エンゼルスを相手にノーヒットノーランも演じている。

 78年の開幕直前にレッドソックスへ移籍すると、その才能にはさらに磨きがかかり、チーム最多の20勝(8敗)、防御率2.99の好成績を記録した。翌年も見事な活躍を続け、この2年間で先発した68試合中完投が33試合と、リーグを代表する先発完投型のエースとして君臨したのである。

 だが80年以降は肩や背中の故障に悩まされ始め、84年途中、カブスにトレードされる。その後復調の兆しを見せたが、今度は別の問題がエカーズリーを襲った。当時、カブスの本拠地リグレー・フィールドにはナイター設備がなく、試合はすべてデーゲーム。しかもシカゴには家族と離れての単身赴任だったため、エカーズリーは試合が終わってからの長い夜を過ごす寂しさを、アルコールで紛らすようになり、その酒量は日ごとに増えていった。

 重度のアルコール依存症に陥ったエカーズリーは、86年には33試合に登板しながら6勝11敗、防御率4.57と低迷。その後、リハビリプログラムに参加して依存症は克服したものの、カブスに見切りをつけられる形で生まれ故郷オークランドのアスレチックスにトレードされた段階では、彼の投手生命はもはや終わったものと誰もが思っていた。

再び輝きを取り戻す瞬間は…

 そんなエカーズリーにアスレチックスのトニー・ラルーサ監督(現カージナルス)は新たなチャンスを与えた。87年4月、2度目の先発登板を終えたエカーズリーに、ラルーサ監督はブルペン行きを命じる。それまで救援登板はわずか17試合で、77年以降は1試合のみだったが、ラルーサ監督は9回平均2.41四球というエカーズリーの制球力に注目した。また、リリーフでの短いイニングであれば十分に通用すると判断したのである。ラルーサ監督の読みは当たり、この年エカーズリーは16セーブをあげた。

 以後、クローザーとして生まれ変わったエカーズリーは、88年に45セーブをマークし、翌年には57回2/3を投げて与四球わずか3個。90年は73回1/3を投げて防御率0.61と磐石の守護神ぶりを発揮した。92年には自己最多51セーブを記録して、現時点で最後のMVPとサイ・ヤング賞の同時受賞者となった。この間、チームは88年からのリーグ3連覇に加え、89年には9度目のワールドシリーズ制覇も果たしている。

 98年に現役を引退したエカーズリーは、2004年に資格1年目で殿堂入りを果たした。殿堂入りのセレモニーで、エカーズリーは「アルコール依存症との闘いは私の人生における恐怖の日々であったが、それは私の人生を結果としてより前向きなものにしてくれた」と語っている。その野球人生において最も困難な状況に立たされた野茂だが、先発であろうと、あるいはリリーフであろうと、このエカーズリーのように試練を乗り越え、再びマウンドで輝きを取り戻す瞬間が訪れることを心から願っているのは、決して私だけではないはずだ。

<了>
  • 前へ
  • 1
  • 次へ

1/1ページ

著者プロフィール

ベースボール・コントリビューター(野球記者・野球史研究者)。出版社勤務を経て1998年からフリーのライターに。2004年からスカイパーフェクTV!MLB中継の日本語コメンテーターを務めた。著書に『戦火に消えた幻のエース 巨人軍・広瀬習一の生涯』など。新刊『MLB強打者の系譜「1・2・3」──T・ウィリアムズもイチローも松井秀喜も仲間入りしていないリストの中身とは?(仮題)』今夏刊行予定。野球文化學會幹事、野球体育博物館個人維持会員

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント