“敗戦国”クロアチアの現在 クロアチア代表対エストニア代表

宇都宮徹壱

「私はオシムを信じていいと思う」

エストニア戦で2ゴールを挙げたエドゥアルド。ブラジルからの帰化選手の活躍が、クロアチアの躍進を支えている 【(C)宇都宮徹壱】

 試合後、長束さんの紹介で、クロアチアのベテラン記者に話を聞くことができた。『スポルツケ・ノボスティ』の代表番、ブランコ・スティプコビッチさん、54歳。これまでのクロアチア代表戦158試合中、153試合を取材してきたという、大ベテランである。この人は、オシムとも懇意の仲ということで、日本とクロアチアという“敗戦国”同士を比較する上では、貴重な意見を聞くことができた。

――昨年のW杯以来、久々にクロアチア代表の試合を見たのですが、あまりの変わりように驚きました。何が、クロアチアをここまで変えたのでしょうか?

「いやいや、ニュルンベルクでもスルナが(川口のセーブで)PKを外したから、何も変わってはいないよ(笑)。まあ、それは冗談として、(前監督の)クラニチャルがチャンスを与えなかった選手たちが今の代表で活躍していることは、紛れもない事実だね」

――クロアチアが4−4−2で機能しているのも、個人的には驚きでした

「これまでクロアチアは、最終ラインにリベロを置くのが伝統だった。そのことで、確かに守備では安定感があったが、一方で中盤の選手の数が足りなかったのも事実だ。(4−4−2が機能しているのは)代表選手の多くが国外でプレーするようになり、4バックのシステムに慣れたことが大きいと思う」

――若いビリッチ監督が、ここまでチームをうまく掌握できたのはなぜでしょう?

「彼はもうすぐ39歳になるが(誕生日は9月11日)、もともとインテリジェンスのある男だ。これまで(の代表監督)とは違って、まじめに代表の強化を追求している。また、アサノビッチやプロシネチキなど、信頼できる友人たちをスタッフに招へいできたことも大きい。それともうひとつ、ビリッチがU−21代表監督として、若い選手たちを事前にリサーチできたのも、彼にとってはアドバンテージだったね。とりわけエドゥアルドに関しては、ビリッチとアサノビッチは3年前から『彼は世界でも通用するストライカーだ』と確信していた。いずれにせよ、ビリッチはまだ若いが、いずれオシムに到達するくらいの(指導者としての)才能はあると、私は考えている」

――そのオシムですが、日本代表監督になって、チームの強化に苦労しています。少なくとも、ビリッチのクロアチア代表に比べれば、停滞している印象が否めないと思うのですが、オシムをよく知るあなたはどうお考えでしょうか?

「チーム作りには、長い熟成と忍耐が必要だ。日本代表は、闘争心と犠牲心に優れていると思うが、それだけでは(世界と戦う上で)足りない。オシムは間違いなく、世界的に見ても最高の監督だ。ただし、彼のスタイルを理解していないと、難しい部分はあるかもしれない。彼自身は誠実な人間だし、監督としてのクオリティーは高い。ただ、彼の出自を考えた場合、サラエボ出身者は極めてアーティスティックで特殊な人間が多い。オシムについても、同様の傾向があると言える」

――実のところ、日本ではオシムに対する評価が揺らいでいるように思えてなりません。われわれはオシムを信じてよいのでしょうか?

「彼は難しい人間だが、一方で他者を包み込む柔らかさも兼ね備えている。私はオシムを信じていいと思う。彼に会ったら、よろしく伝えておくれ」

前線にはやはりブラジル人が必要?

 今回、久々にクロアチア代表の試合を見て、あらためて感じたのが、圧倒的なまでのエドゥアルドの存在感である。前線とサイドバック以外、ほとんど去年と変わっていないクロアチア代表だが、中盤での役割分担を整理し、前監督から見捨てられていたタレントを前線に配することによって、クロアチアはがぜん、欧州の強豪国に返り咲いた。ちなみに最新のFIFA(国際サッカー連盟)ランキングでは、何と6位に上り詰めている。

 とはいえ、クラニチャルやモドリッチ以上に、クロアチアの躍進を支えているのが、ブラジルはリオデジャネイロを出自とするエドゥアルドであることは、おそらく衆目の一致するところであろう。すでにエドゥアルドは、あの伝説的なストライカー、ダボル・シューケルと比較される存在になっている。もっともエドゥアルドは、シューケルとは比べ物にならないくらい前線でプレスを掛けるプレーを旨とする選手だ。前線では貪欲(どんよく)に走りまくり、球際でもめっぽう強く、タッチラインを出そうになるボールを、スライディングしてまで追いかける。

 そんなエドゥアルドのプレーに、クロアチアのサポーターは熱狂し、右翼的な若者でさえ「彼は、クロアチア人以上にクロアチア的である」と賞賛してやまない。それはそれで、実に興味深い現象である。あの純血主義一辺倒だったクロアチアが、代表チームの得点源として、ブラジルからの帰化選手の存在を認め、あまつさえ「シューケルの後継者」とさえ見なすようになったのだから。結局のところクロアチアの最大の変化は、システムが4−4−2になったとか、クラニチャルとモドリッチの共存が成立したとか、そうした瑣末な変化ではなく、ブラジル人ストライカーを「シューケルの後継者」と認めたという事実に、見いだすべきなのかもしれない。

 してみると日本は「決定力不足」の解消策として、手っ取り早くブラジル人選手を帰化させるべきなのだろうか? もちろん物理的には可能だろうが、それが本当に、ナショナルチームの強化策として適切なのだろうかという、いささかの疑問は払しょくできない。だが、前線の決定力不足に具体的な打開策が見出せない今、同じ“敗戦国”であるクロアチアの動向は、ある意味、魅惑的なものとして映るのもまた否めない。
 この1年で、ディフェンスラインと中盤の陣容を固めつつあるオシムが、前線にどのような手を加えるのか――。少なくともクロアチアの事例は、選択肢のひとつとして、確実に彼の記憶にインプットされているはずだ。

<了>

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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