“敗戦国”クロアチアの現在 クロアチア代表対エストニア代表

宇都宮徹壱

新生クロアチア代表の面々

クロアチア代表の首脳たち。右から監督のビリッチ、助監督のアサノビッチ、2人置いてプロシネチキ 【(C)宇都宮徹壱】

 ここで、新体制になってからのクロアチア代表の面々について、おさらいしたい。とはいえ私自身、クロアチア代表を生で見るのは、W杯でのニュルンベルク以来である。以下の情報は、長束さんから受けたレクチャーをベースにしていることをお断りしておく。

 まず最大の驚きが、システムがきれいな4−4−2になっていることだ。クロアチアのシステムは、伝統的に3−5−2。過去に4バックを試したことはあるが、あくまでもオプション的なものであり、過去のどの監督でも成功した試しがなかった。それをビリッチは、いとも簡単に成し遂げてしまったのである。

 GKはベテランのプレティコサ(スパルタク・モスクワ)。DFは右から、チョルルカ(マンチェスター・シティ)、シミッチ(ACミラン)、ロベルト・コバチ(ドルトムント)、シムニッチ(ヘルタ・ベルリン)。特徴的なのは、サイドバックのチョルルカ(193センチ)とシムニッチ(195センチ)がいずれも長身であること。そしてセンターバックのシミッチとR・コバチは、高さ以上に(といっても2人とも180センチを超えているのだが)スピードがあること。この4枚が十全に機能したことで、ルーニーとクラウチを擁するイングランドには、ほとんど仕事をさせることはなかった。

 中盤は、守備的MFにニコ・コバチ(ザルツブルク)とモドリッチ(ディナモ・ザグレブ)、そして右にスルナ(シャフタル・ドネツク)、左にクラニチャル(ポーツマス)。父親が監督だったときは、クラニチャルの定位置はトップ下だったため、W杯直前には「モドリッチのほうがふさわしいのではないか?」「クラニチャルとモドリッチは共存できるのか?」という議論が国内で沸騰していたが、これまたビリッチが4−4−2を敷いたことで、クラニチャルは左MFで、モドリッチはボランチで、それぞれ遺憾なく力を発揮するようになった。しかも、中盤の並びには、ビリッチなりの工夫が見られる。すなわち、右利きのクラニチャルをあえて左に置くことでダイアゴナル(対角線)の動きが生まれ、モドリッチの豊富な運動量(地元では“クロアチアのネドベド”の異名を持つ)と巧みなドリブルは、相手守備陣をパニックに陥れるに十分だった。このさじ加減が、何とも心憎い。

 一方、前線の顔ぶれは大きく変わった。プルショは引退、クラスニッチは重い内臓疾患、そしてラパイッチは所属チームがない無職状態でいずれも代表から離れていく中、その穴を埋めたのが若いペトリッチ(ドルトムント)とエドゥアルド・アルベス・ダ・シルバ(アーセナル)である。ペトリッチはボスニア生まれのスイス育ちで、昨季までバーゼルでは中田浩二とチームメートだった。
 一方のエドゥアルドは、15歳でブラジルからディナモ・ザグレブのユースに“留学”し、その後、クロアチアに帰化。昨シーズンはディナモでクロアチアリーグ史上最多の34ゴールを挙げ、チャンピオンズリーグ予備戦においてアーセナル相手に唯一得点を決めたことから、ベンゲルのハートを射止めてアーセナル入りが決まったシンデレラボーイである。2人とも昨年のW杯では登録23名の選から漏れたが(エドゥアルドはすでに帰化していたため、今もクラニチャル監督への批判は絶えない)、国際大会でも十分な活躍が期待できる若き逸材である。

 ベンチについても言及しておくべきだろう。ビリッチの副官は、アリョーシャ・アサノビッチ、ニコラ・ユルチェビッチ、マリアン・ムルミッチ(GKコーチ)。いずれも、クロアチア黄金世代の気心知れた同志である。とりわけビリッチとアサノビッチは、U−21代表時代からのコンビで、モドリッチやエドゥアルドといったタレントを見いだしたのも、彼らの功績である。これに加えて、あのロベルト・プロシネチキも「テクニカル・スタッフ」として無給で代表に帯同している。指導者の資格を持たないプロシネチキが、果たしてどれくらいチームに貢献しているかは分からない。が、少なくとも98年W杯のレジェンド(伝説)が集結したことで、「戦争のイメージ」「新生国家への愛国心」が希薄になった代表チームに、新たな活力を与えたことは間違いなさそうである。

エドゥアルドの2ゴールでクロアチアが完勝

 ユーロ2008予選、グループEの首位クロアチアと6位エストニア(最下位7位はアンドラ)との対戦については、あまり多くを語る必要はないだろう。ここでは、試合経過について、端的に記すにとどめておく。

 クロアチア最初の先制のチャンスは、前半6分。だが、PKをスルナがポストに当ててしまう。この絶好機に落胆せず、その後も攻め続けるクロアチアは39分、ついに先制ゴールを挙げる。ペナルティーエリア左からのスルナのFKを、逆サイドから折り返し、シムニッチが頭で落としたボールを最後にエドゥアルドがオーバーヘッドでネットを揺らした。そして前半終了間際には、スルナからの縦パスを受けたモドリッチがアウトサイドのワンタッチで折り返し、これをエドゥアルドがダイレクトで豪快にネットを突き刺す。前半で勝負を決めたクロアチアは、後半のエストニアの反撃を軽くいなし、楽々と勝ち点3をゲットした。クロアチア、強し。

 この日、2位ロシアはマケドニアに、3位イングランドはイスラエルに、それぞれ3−0で完勝したものの、依然としてクロアチアの首位は変わらず。ロシアには2ポイント、イングランドとイスラエル(後者は1試合多く消化)には3ポイントの差をつけて、いよいよ本大会出場に向けて秒読み段階に入った。

2/3ページ

著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント