全英OPの日本人成績、近年の傾向を分析 過去データから考える枠数問題
全英オープンに日本勢が本格的に出場しだしたのは1976年大会以降。ロイヤルバークデールでの同大会で鈴木規夫が10位に入ったのが、日本勢にとって全英オープン史の1ページ目と言える。その後、青木功、倉本昌弘、丸山茂樹、そして松山英樹と紡いできた歴史を数字で紹介する。
最高順位は倉本昌弘の4位
トップ10フィニッシュは3度の7位フィニッシュがある青木功や、86年に8位に入った中嶋常幸。丸山、谷原秀人が5位。日本で無類の強さを誇った尾崎将司は87年の11位が最高だった。
低迷が見られる00年以降
予選通過率にすると39パーセント程度に落ちつくが、年代別にみると近年の日本勢は苦戦を強いられる傾向にある。
76年から99年の20世紀は、出場した選手のうち、約半数が予選を通過しているが、00年から15年までの21世紀に入ると30パーセントを切る。00年以降の予選通過実数は33回で、99年以前の15年では31回。昨年は8名が出場し、予選通過は松山の1人だけ。出場選手が増えているにも関わらず、決勝ラウンドで見る日本人数はほぼ増えていないのだ。
要因の一つに挙げられるのが海外での経験値。以前は米ツアーで1勝の青木をはじめ、欧米問わず海外ツアーに出ていく日本勢は多く、丸山、谷原といった面々も海外ツアーを主戦場にしていた。
しかし、近年は海外に根を下ろして戦うのは松山、石川遼、岩田寛といった限られた面々のみ。多種多様なコースへの経験を持つ選手と持たない選手では、英国特有のリンクスコース(海沿いの自然の地形を生かしたコース)に出た際の対応力に差が出ることも否めない。
また、13年から米ツアーに本格参戦した松山に適用され、見直しが検討されている複数年シードを持つ選手に課される出場義務試合などの国内ツアーからの制約もあった。松山は罰金の上に資格停止の制裁を受けたが(のちに解除)、このルールにより海外ツアー参戦に二の足を踏む選手も多かった。そうした積み重ねが、メジャーなど海外の大舞台での競争力を削ぐ結果となった可能性もありそうだ。
145回大会の今年の日本人出場者は8名。メジャー制覇に現実味を持たせている松山、過去5位に入った経験もある谷原をはじめ、宮里優作、池田勇太、小平智、塚田陽亮のメジャーチャンピオンたち。そして、若手注目株の今平周吾、2度目の出場となる市原弘大がリンクスでの戦いに挑む。1人でも多くの日本勢が決勝ラウンドを上位で争うことを期待したい。
【ロイヤルトゥルーンでの過去日本勢成績】
1982年:倉本昌弘 4位、青木功 20位、中村通 20位
1989年:尾崎将司 30位、尾崎直道 46位、尾崎健夫 52位、芹澤信雄 予選落ち
1997年:丸山茂樹 10位、予選落ち 宮瀬博文、森茂則、佐藤信人、尾崎直道(棄権)、金子柱憲(棄権)
2004年:神山隆志 27位、深堀圭一郎 30位、丸山茂樹 30位、平塚哲二 36位、予選落ち 星野英正、塚田好宣
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