”サッカーどころではない”ブラジルの今 けが人続出の緊急事態も、国民は無関心

大野美夏

南米サッカーの激しいライバル心

ネイマール(右)など世界のサッカーシーンを彩ってきたスーパースターには南米出身の選手が多く見られる 【Getty Images】

 ペレ、ケンペス、ディエゴ・マラドーナ、ジーコ、ガブリエル・バティストゥータ、ロマーリオ、ロナウド、リオネル・メッシ、ネイマール、ルイス・スアレス、ゴンサロ・イグアイン、カルロス・テベス、ハメス・ロドリゲス……。過去、現在ともに世界のサッカーシーンを彩るスーパースターたちに共通することといえば、南米出身者であることだ。2015−16シーズンのUEFAチャンピオンズリーグで優勝したばかりのレアル・マドリーには、マルセロ、カゼミーロ、ペペ(ブラジル出身でポルトガルに帰化)、ダニーロとブラジル人が4人いた。

 南米はわずか10カ国にもかかわらず、FIFAワールドカップ(W杯)5回優勝のブラジル、2回優勝のアルゼンチンにウルグアイと強豪国がひしめいている。さらに記念すべき第1回W杯がウルグアイで開催されたこともあり、サッカーの歴史において重要な役割を担った舞台である。

 欧州と南米の各国が世界ナンバー1を決めようとW杯が始まったのが1930年だったが、その14年前に南米ではすでに大陸王者を決める大会が開催されていたのだ。16年、アルゼンチンの建国100周年を記念して、アルゼンチン(開催国)、ブラジル、ウルグアイ、チリと4カ国が集まり第1回南米選手権が行われ、当時強大な力を誇ったウルグアイが王座に就いた。この大会の成功により、同年7月に4カ国で南米サッカー連盟(Confederacion Sudamericana de Futbol)通称、「Conmebol」(コンメボル)が創設されたという経緯がある。

 南米各国の激しいライバル心は、この100年の歴史に起因する。14年のW杯ブラジル大会の時、同じ大陸ということで、南米のサポーターが大挙してブラジルに押し寄せたが、ブラジル、アルゼンチン、ウルグアイ、チリの4カ国間のライバル心は非常に強く、互いに野次(やじ)を飛ばす時のまとまりは半端なものではない。相手が南米のライバルとなると、親善試合でもたとえ消化試合だとしても、チームの現状よりも歴史的対戦成績の方に重きを置き、絶対に負けたくないため、チーム全体、サポーターも真剣に勝負を挑む。本気度は、それ以外の国との試合とは全く違ったものになる。そんなライバル心こそが、南米サッカーのレベルを高く保った一因であることは違いない。

16カ国が参加する創立100周年の記念大会

 第1回大会から1世紀が過ぎ、過去44回を数えたコパ・アメリカは、現在4年に一度行われている。近年、予選リーグで12カ国を3つのグループで分けるため、南米以外の国を招待してきた。メキシコは常連で、99年のパラグアイ大会には、アジアから初めてフィリップ・トルシエ監督率いる日本代表が参戦した。結果は1次リーグ敗退に終わったが、インフラ設備のかなり遅れたパラグアイに赴き、南米の猛者たちの中に飛び込んだ勇気と経験は評価できるものだった。

 そして、今年は創設100周年記念大会ということで本来の南米サッカー連盟加盟10カ国(ブラジル、アルゼンチン、ウルグアイ、パラグアイ、チリ、コロンビア、エクアドル、ペルー、ボリビア、ベネズエラ)に北中米サッカー連盟加盟の6カ国(米国、メキシコ、パナマ、コスタリカ、ジャマイカ、ハイチ)を招待し、計16カ国が現地時間6月3日から26日まで、米国の10カ所を舞台に”コパ・アメリカ・センテナーリオ”として戦いを繰り広げることになった。

 大会のレギュレーションは、16カ国が4グループ各4チームに分かれグループステージを戦い、各グループの上位2チームがノックアウト式の決勝トーナメントに進むというものだ。

解消されない国内の政治的混乱

14年のブラジルW杯準決勝でドイツに1−7と大敗を喫してからというもの、国内のサッカー熱は冷めている 【写真:アフロ】

 さて、ブラジルはこれまでコパ・アメリカで優勝を8回経験している。ウルグアイの15回、アルゼンチンの14回には遅れを取るものの、90年代以後には4回優勝しており、毎回優勝候補に挙げられている。しかし、今回は簡単にはいかなさそうだ。現在行われているW杯ロシア大会南米予選の成績を見ると、6試合で2勝3分け1敗の6位と低迷中なのだ。14年W杯の準決勝でドイツ相手に1−7の大敗を喫してからというものの、国民の心もサッカーからはかなり離れている。
 
 しかし、本当のところ、ブラジル国内は今“サッカーどころではない”のだ。汚職まみれの政府、経済は悪化の一途をたどり、これに国民の不満が爆発し、各地で政府と大統領への抗議デモが行われた。ついに与党が分裂し、大統領の弾劾裁判が始まり、5月にジルマ・ルセフ大統領の罷免が国会で最終的に議決され職務停止になった。現在は、副大統領が大統領代理として就任している。つまり、大統領不在でリオデジャネイロ五輪を迎えるということだ。

 それでも、ルセフ大統領の罷免により国民の不満爆発は落ち着きを見せている。もちろん、政治的混迷が解消されたわけではなく、ミシェル・テーメル副大統領も限りなくグレーな人物なので、やれやれというところにはほど遠い。

1/2ページ

著者プロフィール

ブラジル・サンパウロ在住。サッカー専門誌やスポーツ総合誌などで執筆、翻訳に携わり、スポーツ新聞の通信員も務める。ブラジルのサッカー情報を日本に届けるべく、精力的に取材活動を行っている。特に最近は選手育成に注目している。忘れられない思い出は、2002年W杯でのブラジル優勝の瞬間と1999年リベルタドーレス杯決勝戦、ゴール横でパルメイラスの優勝の瞬間に立ち会ったこと。著書に「彼らのルーツ、 ブラジル・アルゼンチンのサッカー選手の少年時代」(実業之日本社/藤坂ガルシア千鶴氏との共著)がある。

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント