ジョコビッチに迫る偉業達成の時 初出場から11年目の全仏戴冠なるか

内田暁

まだ手が届かない唯一のグランドスラム

史上8人目の生涯グランドスラム達成にリーチをかけてから、5度目の全仏オープンを迎えるジョコビッチ 【写真:ロイター/アフロ】

 ラファエル・ナダル(スペイン)は、セルビアから世界の頂点を目指し台頭してきた若きテニスプレーヤーを見た時、「将来、僕やロジャー(・フェデラー/スイス)の地位を脅かすのは、この若者だ」と、戦慄(せんりつ)に似た予感を抱いたのだという。

 今より、10年も前の日のこと。ノバク・ジョコビッチ(セルビア)が胸に宿す、燃えるような野心と禁欲的なまでの自制心は、その当時から世界のトップ選手たちの目にも明らかだった。

「彼に足りないのは、体力だけだ」。そうもナダルは、感じていたという。2006年、両者が初めて全仏オープンの準々決勝で対戦した時、ジョコビッチはナダルの重いスピンに屈するように、途中棄権で試合を終えた。その初対戦も含め、一昨年までの全仏9大会で両者は計6度戦い、そのいずれもナダルが勝利している。

 そのローランギャロスでの初対戦から、“一昔”の年月が流れた。かつてはフィジカルが一番の課題と言われた細身の青年は、“グルテンフリー”に代表される食事療法等も経て、今やナダルをして「疲れを全く知らない」と言わしめる無尽蔵のスタミナを体得した。テニス界の頂点に君臨し、いくつものグランドスラムタイトルを獲得してもいる。

 だがその王者が、まだどうしても手が届かない、唯一のグランドスラム――。それが、全仏オープンである。

全仏だけ勝てない理由

「現時点では、ローランギャロス(全仏)で優勝することが僕のキャリア最大の目標であることは、間違いない」

 今年の4月、連勝街道を疾走していたジョコビッチは、初の全仏獲得への渇望を問われ、迷うことなく答えている。そのうえで彼は、悲願達成に向け「過去2年間出なかったマドリードに今年は出る」プランをも明らかにした。その理由を、ジョコビッチはこう語る。

「特定の試合に万全の状態で挑むには、同じサーフェスでいくつかの試合……最低2大会、それも大きな大会で戦うことが必要だと思っている。それが、僕が今回やることだ」

 過去2年出場を見合わせたマドリード・マスターズに出場したことは、全仏獲得に懸ける執念の表れ。ジョコビッチがここで言う「サーフェス」とは、コートの種類のことを指す。そして彼が、全仏だけいまだ勝てない理由の大きな部分も、この全仏の“サーフェス”が占めている。

 全仏のサーフェスは“クレー=赤土”。その特徴は、バウンド後に球威が落ちるためラリーが長引きやすいこと。また、イレギュラーや天候による状態の変化も大きいため、高い適応能力や集中力も求められる。さらには足元が滑りやすいため、スケートのようにスライディングする独特の動きも重要だ。

 これら特異な性質のため、幼少期からクレーで育ってきた選手たちは“スペシャリスト”として活躍し、時にランキング上の実力差を大幅に縮めたり、力関係を逆転させることもある。クレーコートの大会数がハードコートに比べ少なく時期が限られていることも、適応を難しくさせている一因だ。

 ジョコビッチが全仏だけまだ勝てていない最大の理由も、これらの要素にあるだろう。ジョコビッチのキャリア通算勝率をサーフェス別に見ていくと、ハードが0.843で最高。グラス(芝)が0.817で続き、クレーは0.797で最も低い。

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著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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