緊張感の薄いパッキャオ『引退試合』へ 激戦必至のラバーマッチは最後なのか?

杉浦大介

「期待に応えなければいけない」

3度目の激突となるパッキャオとブラッドリー。ともに問題なく軽量をパスし、決戦へ 【Getty Images】

「多くの人たちがこの試合を楽しみに来たから、期待に応えなければいけない。僕たちの過去のファイトよりもアクションが多く、良い試合になるだろう」

 現地時間4月8日、米国ラスベガスのMGMグランドガーデンアリーナで行われたマニー・パッキャオ対ティモシー・ブラッドリー戦(ノンタイトル12回戦)の前日計量時、パッキャオはリング上で爽やかな表情でそう語った。

 パッキャオは145.5パウンドで、対戦相手のティモシー・ブラッドリーは146.5パウンドで計量はパス。軽量級出身のパッキャオはもともとウェイト調整は問題なく、壇上の上でも余裕の笑顔だった。

 過去に全8階級に渡って活躍し、57勝(38KO)6敗2分という戦績を積み上げてきたパッキャオも37歳。この試合限りで引退し、母国フィリピンでの政治活動に専念するとすでに明言している。将来の殿堂入りも絶対確実なヒーローは、“ラストファイト”直前のイベントでも、場馴れした者の余裕を感じさせた。

「パッキャオファンががっかりする」

「僕はトップファイターであり、パッキャオを倒せる選手だということを証明する機会がここで再び手に入った。明日の夜、多くのパッキャオファンががっかりすることになるだろう」

 パッキャオとはこれが3度目の対戦となるブラッドリーも、不敵な笑みを浮かべながらそう自信を述べた。32歳の黒人ファイターは、過去にスーパーライト級、ウェルター級の2階級を制覇。通算33勝(12KO)1敗1分1無効試合という実力派である。

 最近のアメリカでは計量失敗する選手が多く、その処置が問題視されている。しかし、プロ意識に溢れたこの2人に関しては心配はない。1勝1敗で迎えたラバーマッチ(3試合目の決着戦)の公開計量は、良い意味で予定調和の雰囲気の中で進んでいった。

事前の盛り上がりの乏しさが話題に

試合前の緊張感が乏しい理由には、「これが最終戦」と思っている人が少ないこともある 【Getty Images】

 もっとも、この心地良い空気は、緊張感のなさからもたらされているとも考えられるかもしれない。前日計量はMGMのメインアリーナでファンに公開するのが恒例だが、8日に集まったのは4〜5000人程度。昨年5月のフロイド・メイウェザー戦の際には大アリーナをフル解放したが、この日は元から半分に仕切られていた。そんな状況が象徴するように、パッキャオ対ブラッドリー第3戦は事前の盛り上がりの乏しさが話題になって来た。

「取材に訪れているフィリピン人メディアの数も全盛期の約半分。メイウェザー戦と比べるべくもないのは当然としても、それ以前の試合にも遠く及ばない」

『Philboxing.com』のフィリピン人記者、リッツ・メイソン記者はそう述べ、母国でのパッキャオの注目度もピークを過ぎてしまったことを指摘する。

 昨年5月のメイウェザーとの“世紀の一戦”での完敗、さらに最近の同性愛者差別発言で、米国内でもパッキャオのイメージは少なからずダウンした。

 また、ブラッドリーとは確かに過去1勝1敗だが、ブラッドリーが勝った2012年6月の第1戦は“疑惑の判定”と騒がれた。事実上はパッキャオの2戦2勝であり、今回の3戦目には“決着戦”という趣も感じられない。

 そして何より、パッキャオ本人が何と言おうと、この試合が最後だとは誰も信じていないことが大きいのだろう。結局は現役続行だと考える関係者が大半で、プロモーターのトップランク社ですらも“引退試合”を宣伝文句として使用することを拒否してきた。ブラッドリーに勝って商品価値を回復後、次の対戦相手が誰になるかが最大級の話題になっているくらいである。

 そんな状況下で、新鮮味に欠けるブラッドリーとの第3戦は興行的な苦戦は必至か。全盛期のパッキャオ戦はペイパービュー(PPV)もコンスタントに100万件前後を売ったが、今回は40万件程度とみられている。パッキャオに2000万ドル(約21億6000万円)の報酬が約束されているだけに、浮世離れした金が飛び交ったメイウェザー戦から一転、赤字興行の可能性すら囁かれているのが現実だ。

著名記者たちは「ブラッドリー」優勢

 ただ、例え興行的には厳しくとも、試合自体はドラマチックになり得ると考える地元メディアが多いのも事実である。端的に言って、ブラッドリーが勝ち残る番狂わせを予想する関係者が少なくないのだ。

 前記した37歳という年齢に加え、右肩の手術明け、11カ月のブランク明けと、パッキャオには懸念材料が山積み。その一方で、昨年12月、実績あるブランドン・リオス(アメリカ=29)を9ラウンドでKOした際のブラッドリーは好調を感じさせた。リオス戦から組み始めたテディ・アトラス・トレーナーとの相性も良いようで、少なくとも近況の良さではブラッドリーの方が上である。

「パッキャオは下降線だし、新トレーナーのアトラスは何らかの変化を生み出すはずだ。過去2度の対戦ではブラッドリーが試合中に足を痛めたことも響いたが、同じことは今回は起こるまい」

 決戦直前、『ESPN.com』のダン・レイフィールはそんな根拠を述べ、ブラッドリーの判定勝利を予想していた。その他、『リングマガジン』のダグラス・フィッシャー、『Undisputed Championship Network』のスティーブ・キムといった著名記者たちも揃ってブラッドリー推し。他ならぬ筆者も、今回はブラッドリーがアウトボクシングを完遂した上で勝ち残ると考えている。

 もちろん過去2戦での24ラウンド中、約20ラウンドを制したパッキャオが、第3戦も無難に勝利すると考えている人が依然として過半数以上なことは付け加えておきたい。

すべての答えが出る瞬間が迫る

下降線のパッキャオと上昇のブラッドリー。2人の試合は確実に激戦必至。どんな結末を迎えるか!? 【Getty Images】

 いずれにしても、過去2戦と比べ、両者の差が詰まっていることだけは間違いない。新鮮味こそなくとも、試合内容、勝敗、ファイト後のコメントまで含め、興味深い一戦であることは変わらない。

 キャリア最後かもしれない試練の一戦。フィリピンの英雄はここでどんなボクシングをみせてくれるのか。台頭期、全盛期に何度もやり遂げたように、ファンを驚かせるほどの戦慄的なパワーと迫力で不安論を吹き飛ばせるか。

 4月9日、MGMグランドガーデン・アリーナ――。スリリングな予感とともに、すべての疑問に答えが出る瞬間は間近に迫っている。
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著者プロフィール

東京都生まれ。日本で大学卒業と同時に渡米し、ニューヨークでフリーライターに。現在はボクシング、MLB、NBA、NFLなどを題材に執筆活動中。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボール・マガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞・電子版』など、雑誌やホームページに寄稿している。2014年10月20日に「日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価」(KKベストセラーズ)を上梓。Twitterは(http://twitter.com/daisukesugiura)

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