『週プロ』佐藤編集長に聞く2015年「サービス精神ある団体の人気が高まった」
2015年のプロレス界について『週刊プロレス』佐藤正行編集長に話を聞いた 【スポーツナビ】
第4回はベースボール・マガジン社が発行する『週刊プロレス』の佐藤正行編集長。1955年に月刊誌『プロレス』として創刊し、1983年に週刊化。それ以降、プロレス専門誌としての地位を築き上げ、現在は唯一のプロレス専門週刊誌となっている。
メディアの最前線でプロレスを取材する週プロの佐藤編集長に、15年のプロレス業界を振り返っていただき、さらにメディアとしてどのようにプロレスを伝えていきたいかを伺った。(取材日:3月22日)
公共の場で「プロレス」の文字を目にできた
新日本プロレスの大々的なプロモーションで「プロレス」という単語を目にすることが増えた 【横田修平】
業界の専門誌を扱う人間としては、世の中にプロレスの魅力が普及していくことは非常にありがたいことだと思っていました。
――普及という点で言うと、1980年代、90年代にあったプロレス人気とは、現在の盛り上がりは違うものと感じていますか?
やはりメディアの環境でしょうね。80年代には地上波のテレビ中継が全盛で、金曜夜8時にチャンネルを合わせれば必ずプロレスが見れました。当時はネットもなく、多チャンネルの中から自分の好きなコンテンツをチョイスする時代でもない。地上波のみで、たまたまチャンネルを合わせたお茶の間でプロレスを目にしてとりこになるという時代でした。
今はその「たまたまプロレスを目にする」という機会がありません。プロレスに触れるためのハードルが高い中で、(2015年は)世の中の人たちがプロレスの魅力に気づいて下さったという感じですね。
――プロレスの存在に気づく原因となったのは何だと思いますか?
これはいろいろなところで話していますが、ブシロード体制になった新日本プロレスが、JR山手線の車内や車体広告、ラッピングバス、テレビCMなど、いわゆる公共の場に、ビッグイベントの宣伝広告をドンと出したことが一つの要因だと思います。新日本プロレスが、世の中の人々が(プロレスに触れるための)ハードルを下げてくれました。
――新日本プロレスがアイコンとなって、他団体にも波及していったと?
残念ながら、まだそこまではいっていないと思います。ただ新日本プロレスさんが新しいプロレスファンを生み出してくれたのは確かですね。
どちらかというと、プロレスというジャンルは「マニアのもの」という独占的なところがありました。ましてやこういう時代ですから、自分から求めていかなければ情報は得られないですからね。そういう中で、プロレスを見たことがない人に新日本プロレスさんがアプローチしてくれたと思っています。
同じプロレスファンでも求めているものが違う
バラモン兄弟(左)はハチャメチャな戦い方で、会場に来るお客さんに「非日常」を提供している 【前島康人】
それは、過去のプロレスよりもっとカジュアルな部分でしょうね。選手が格好いいとか、あの選手の筋肉がすごいとか。80年代のプロレスと比べたら、ベースは変わらないと思いますけど、やはり試合はよりスピードアップしていますし、テンポもいい。よりエンターテインメントの度合いが強くなっていると思います。マイクパフォーマンスなどもそうですね。一般の人々の中にはプロレスに対する抵抗感を抱く人もいるかもしれませんが、一度会場に足を運んで頂ければ、10人中9人は「プロレスって面白い」と思っていただけると断言できます。
――佐藤編集長は一時期、『週刊プロレス』から離れられ、2010年6月に戻られました。戻ってこられた時に、やはりプロレス界の変化を感じましたか?
そうですね。選手の皆さんのマイクパフォーマンスがより上手になっていましたね。あと選手の小型化も感じました。プロレスといえば昔は、大きな人たちがやるものというイメージがありましたが、時代は変わりました。
昔はもっと、大男たちの怪物じみた肉体など、一般の人がなろうと思ってもなれないものでプロレスを表現していたと思うのですが、今は、普通の人でもプロレスラーを目指そうと思えばなれるんだよという選手がすごく増えたなという印象です。それがもしかすると、DDTの選手たちであり、ドラゴンゲートの選手たちなのかも知れません。
――80年代などのプロレスでは、リング上で戦って強さを表現すれば良かったのが、今はエンターテインメント性なども重要で、選手のプロ意識も変わってきたということでしょうか?
“プロ意識”というのは時代によって変わりますよね。私がプロレスから離れていた時期は、昔のストロングスタイルに魅了されてきた人間ですから、自己満足的にやっているのではないかというレスラーが増えたと思っていたんです。ただ、いざ業界の中に戻って実際に見てみると、どんな手を使ってでも会場に来てくれたお客様を喜ばせる、楽しませるということに関しては、プロレスの基本的なセオリーからはちょっと外れるかもしれないですが、エンターテインメントの一環として立派なプロ意識だと認めるようになりました。
例えばバラモン兄弟というレスラーは、大量の水をばら撒きながら客席中を練り歩くんです。あれはお客さんの立場で見ると、絶叫しながら逃げまどいながらも日常生活のストレスを解放さてくれるものがあります。ですから今のレスラーは先ほどもお話ししたマイクパフォーマンスも含めて、純粋な試合内容だけにとどまらずいろいろな手法を使ってお客さんを楽しませていると思います。
そういう部分では、むしろ『メジャー』と呼ばれている団体よりも、『インディー』と呼ばれていた団体の選手たちのほうが、意識が目覚めているかもしれません。
――今はファンが求めているものが変化していると?
どっちかと言いますと、過去のプロレスではレスラーがファンを引っ張っていく、ついて来させる、先導するというところがありました。ですが今は、お客さんと同じ目線まで降りて、サービス精神が旺盛になってきていると思いますね。そのサービス精神が行き届いている団体が、人気があるのではないかと思います。
――サービス精神がエンターテインメント性につながっていると。
そうですね。ただ「お客さんに迎合している」という見方をする方もいますが、だからといって媚びているわけではありません。
――それこそ新日本プロレスの棚橋弘至選手の著作を読むと、ファンを大事にすることを意識して、やり続けてきたことが現在の人気回復につながっているという話もありました。やはり時代が変わり、新規ファンを楽しませるために、違うアプローチができることが大事なんでしょうか?
まずはたくさんの人たちに見てもらわないとどうしようもないですからね。そういう意味で、新しいファンの方にも分かりやすく伝えなければいけません。
ただ一方でプロレスには、本当に何十年も自分の人生を捧げて見てきて下さっているコアなファンの方がいて、その方たちがプロレスを支えているのも事実なんです。
プロレスというジャンルをより強固なものにするには、それこそアントニオ猪木さんが言う「環状線の理論」になりますが、ジャンルの中心にいるマニアックな人たちと、中心から遠くにいる世の中の人たちという、2つの価値観にどう折り合いをつけるかということを、雑誌作りをする上で僕は絶えず考えていますね。あまりにも中心軸の狭いところばかりをターゲットにしすぎると、外の人たちには話題が届かないし、世間を意識しすぎても、逆に純粋にプロレスを愛するファンの理解は得られないですから。要は、そのさじ加減なのだと思います。
昔のプロレスは大衆的価値観を持っていて、地上波でやっていた時は一つの価値観でくくることができたのですが、今は多団体時代でもあり同じプロレスファンでも世代や好み、求めているものが、まったく違いますね。