“失敗”を乗り越えて五輪へ 柔道・田知本遥、メダルへの再挑戦

平野貴也

「明日からの人生が違うと思った」

試合後に感極まって涙を流した田知本遥。2大会連続の五輪出場に大きく前進した 【写真:田村翔/アフロスポーツ】

 言葉に重みがあった。勝った方がリオ五輪の代表と言われていた直接対決を制した田知本遥(ALSOK)は感じていたプレッシャーの大きさを吐露した。

「勝つのと負けるのとでは、明日からの人生が違うと思った。できる、できないの葛藤があって、この1週間は生きた心地がしなかった。今日だけは(気持ちを)解放したい」

 柔道のリオデジャネイロ五輪日本代表最終選考会である平成28年全日本選抜体重別選手権が2日に福岡国際センターで行われ、女子70キロ級は、田知本遥が新井千鶴(三井住友海上)を内股返しによる有効で下し、2連覇を果たした。田知本は、2大会連続の五輪出場に大きく前進。3日の強化委員会後に代表内定選手が発表される。
 田知本は、4年前のロンドン五輪では準々決勝、敗者復活戦で敗れてメダルを逃した。「ほかの国際大会なら1位じゃないと意味がない。でも、五輪はメダルを持っているか、いないかで天と地ほど違う。日本に帰って来てからが一番悔しかった」という悔しさは、今も色あせていない。

 さらに、昨年2月の国際大会前に市販の風邪薬を使用してしまい、ドーピング違反となる可能性が出たために欠場するという失態も犯した。それでも「家族の存在も大きかったけど、違うチームの所属の方にも激励されて、頑張らないとダメだと思った。4年間で一番変わったのは、気持ち。あらためて、感謝の気持ちが大きくなった。それまでも感謝していたけど、今ほど深くなかったと思う。たくさんの人に支えられて柔道をできているということが、どん底を味わって感じたこと」と立て直してきた。

 失敗が、人を育てる。

 失敗せずに育った方が理想的だが、失敗を経験した者は、力強い。もう一度失敗する不安と向き合い、乗り越えなければ進めないからだ。

攻める覚悟で好勝負を制す

最後まで集中力を切らさなかった田知本が新井を内股返しで下した 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 田知本が感謝によって復活したことを示す方法は、ただ一つ。「ロンドンに出て負けた経験を生かせるのは、リオに出てリベンジすることだけだと思っていた」と見据えて来た舞台で結果を残すことだ。

 しかし、3つ年下の新井も五輪出場を狙う実力者。最新の世界ランキングでは新井が7位、田知本が11位。とにかく力を出し切ろうという意志のぶつかり合いで、田知本にしても「今までは指導でしか勝ったことがない。投げにいこうと思った」と、攻める覚悟を決めて臨んでいた。

 代表候補の直接対決は、熱戦だった。一騎打ちの醍醐味が凝縮された試合が動いたのは、残り時間1分21秒。仕掛けた新井に対して、田知本が内股返し。「練習していたし、こういう形でいけそうだなと思っていた。でも、あの場面は考えたのではなくて、体が勝手に動いた。ただ、(投げた後の)決めが大事だと思った。決めまでしっかりできたから有効につながったのかなと思う。組んだら、相手も強いのでなかなか投げられない。ああいう一瞬で決めるか決めないかだと思った」と、高い集中力と隙のない追撃で数少ないチャンスをものにした。

 何度消しても蘇るネガティブな思いとの戦いを試合の1週間前まで続けていたという田知本だが、底力が試される最終決戦で好勝負を制した。4年前にはない強さを身につけ、五輪の舞台に再び挑むときがやってきた。
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著者プロフィール

1979年生まれ。東京都出身。専修大学卒業後、スポーツ総合サイト「スポーツナビ」の編集記者を経て2008年からフリーライターとなる。主に育成年代のサッカーを取材。2009年からJリーグの大宮アルディージャでオフィシャルライターを務めている。

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