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2月のWBC予選では大暴れを期待
元ロッテ・清水直行、NZでの挑戦
第3回WBC予選では決勝まで進んだニュージーランド。台湾の前に敗れて本戦出場はならなかった
第3回WBC予選では決勝まで進んだニュージーランド。台湾の前に敗れて本戦出場はならなかった【Yuki Taguchi】

 日本ではあまり知られていないかもしれない。2006年に開幕したWBC(ワールドベースボールクラシック)では、13年大会からWBC予選を開催している。


 16年WBC予選(以下:予選)は、17年WBC本大会(以下:本大会)に出場するための戦いだ。本大会は、前回大会の成績に応じて、すでに出場を決めている12の国と地域(カナダ、中国、台湾、キューバ、ドミニカ共和国、イタリア、日本、韓国、オランダ、プエルトリコ、米国、ベネズエラ)に加え、予選の1組(オーストラリア予選)、2組(メキシコ予選)、3組(パナマ予選)、4組(米国予選)からなる各組1位の4チームが追加され16チームで開催される。その予選が16年2月からスタートする。

最大の強敵はオーストラリア

 ニュージーランド代表は、ことし2月にオーストラリア(シドニー)で行われる予選1組に入っている。出場するのは、オセアニア王者のオーストラリア、そしてニュージーランド、フィリピン、南アフリカだ。予選はダブルエリミネーションのトーナメントで行われ、2敗すれば敗退となるルールを採用している。やはり強く意識をするのはオーストラリア代表だ。オーストラリア国内には、日本のプロ野球選手もペナントレースが終われば参加をしているABL(Australian Baseball League)というプロ野球リーグがある。昨年10月23日から開幕し、2月初旬まで開催されるそうだ。国内にプロ野球リーグがあるということでも、やはりオーストラリア代表がこのグループの強敵になるだろう。


 私がオーストラリア代表戦として思い出すのは、04年のアテネオリンピックまでさかのぼる。私はその試合に先発させてもらうも4回に連打され降板し敗戦した悔しい試合だ。今でもその悔しさが残ってはいるが、選手として対戦できないから残念だ。そして、時は進み13年2月、日本で行われた「WBC壮行試合」が記憶に新しい。結果は2対3で日本代表が勝利を収めたものの、終盤まで日本代表を追い詰めた内容だった。アテネオリンピックの銀メダル獲得や壮行試合の内容、日本プロ野球(NPB)でもオーストラリア人が活躍していたということから、オーストラリア代表は強いという印象を持っている人は多いかもしれない。しかし、そんなオーストラリア代表だが、ここまでのWBCの成績では、1勝8敗(1次ラウンド)と苦しんでいる。

厳しい予選も覚悟

 ニュージーランド代表が初出場した12年WBC予選では、台湾代表が圧倒的な強さを見せつけた。それもそのはず、台湾代表はのちの13年WBC本大会1次ラウンドで、韓国、オランダ、オーストラリアの入るグループで、2勝を挙げて、オランダとともに2次ラウンドに進出するほどの強さを持っていたのだ。そんな台湾代表に初出場のニュージーランド代表が完敗するのは当然だった。


 しかし、ここ数年で、あまり結果を出せていないオーストラリア代表との戦いが中心となる予選ならば、もしかすると金星があり得るのでは、と期待をしている。もちろん同組のフィリピンと南アフリカからも勝ち星を挙げなければならない。それに、オーストラリア代表の今日までの歴史や環境を考えればニュージーランド代表は劣る部分が多いだろう。これまで幾多の国際大会の戦いを経験してきたチームと、そうでないチームでは経験の差がある。厳しい予選になることも覚悟はしている。しかし、それでも、そんなことをも覆す1位を見てみたいのだ。

NZが世界で戦える一歩を刻むこと

 そこには、もちろんニュージーランドが野球でも世界と戦える一歩を刻むことでもあり、ニュージーランドの野球少年に大きな目標を掲げてもらえることにもなると思えるからだ。その相手が、ニュージーランドと良きライバルであり、良き宿敵である隣国のオーストラリアなら……。そしてそんなニュースが、これからもっと世界で野球が盛んになる些細なきっかけになってもらえたら、それはそれで面白いストーリーになるだろう。


 ニュージーランド野球にはまだまだ国内に課題は山積みだが、オーストラリア予選では大いに暴れてほしいものだ。

清水直行
清水直行
1975年11月24日生まれ 京都府出身。報徳学園高、日本大、東芝府中を経て、99年にドラフト2位で千葉ロッテに入団。2002年から5年連続で規定投球回と2桁勝利を継続し、エースとして活躍。05年は31年ぶりの日本一にも貢献した。04年のアテネ五輪、06年の第1回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)に日本代表として出場。10年から横浜(現・横浜DeNA)。プロ12年間で通算105勝、防御率4.16。現役引退後は、ニュージーランド野球連盟ゼネラルマネジャー補佐、同国の代表統括コーチを務める。