箱根V2最有力、青学大はなぜ強い? トレーナー中野氏が重視する基礎の徹底
“青学旋風”を陰で支える中野氏に、強さを生み出したトレーニングの秘密を聞いた 【スポーツナビ】
“青学旋風”を巻き起こす原動力となったのが、2年前から取り組む体幹トレーニングだ。指導するのは、テニスのクルム伊達公子(エステティックTBC)ら多くのトップアスリートから支持されるフィジカルトレーナーの中野ジェームズ修一氏。青学が箱根を制する1年前の2014年3月から指導を始め、現在は月1回の講習会のほか、合宿に同行するなどしてチームを陰で支えている。
中野氏は「すごく特殊なことをしていると思われますが、本当に基礎的なことを徹底させただけなんです」と言う。では、いかにして強い青学はつくられたのか。中野氏に聞いた(取材日:11月10日)。
一つ一つが“切り貼り”だった体幹トレ
今スポーツをやっている人なら誰でも体幹が重要と分かっています。でも、体幹トレーニングをどうやったらいいかという具体的な方法は分からないし、サッカー選手の体幹トレーニングと同じでいいのかどうかも分からない。ただ、「体幹トレーニング」で調べればたくさん出てくるから、それを片っ端からやっているわけです。それを(原晋)監督が疑問に感じていて、どうしたらいいんだろうと思った時に、彼がアディダスの担当の方に「トレーナーで誰かいないか」と声を掛けて、アディダスさんからお話をいただいて、というのがきっかけです。
――学生を最初に見た時の印象は?
まずは、私が指導にいくというよりも、準備運動や補強トレーニングなどを見学しました。その時はあまり言わなかったですけれど、正直専門的に考えられたものではなかったですね。一つ一つの動作を見ると確かに専門家が考えたようなものですけれど、一つ一つが切り貼りなんです。例えば体幹トレーニングのメニューも、トレーナーは、この時期にはこの部分の筋肉を作って、この筋肉ができ上がってきたら次にこの筋肉を作ってと“期分け”をしてプログラムしていきます。でも、本人たちがインターネットや本で見たものは、最初にやるプログラムと後にやるプログラムが全部混在しています。だから結局、成果が出ないんです。そこで、年単位で考えられた計画的な体幹トレーニングを提案しました。そして、それだけでなく体幹トレーニングと連動した準備運動というのも並行して提案していきました。
――期分けとは具体的にどういったものですか?
これは他の種目はまた違う作り方をするので間違えないようにしてほしいのですが、マラソンの場合は、体幹の中でも「インナーユニット」と言われる、一番深層のインナーマッスルで構成されている部分をまずしっかり作ることが重要です。インナーユニットがしっかりついてきたら、今度はその外側のアウターユニットをつけてあげる。ただ、走る時に体幹だけができてくると、ロボットみたいな走りになってしまいます。そうするとスピードが出ないので、3つ目の段階として、「バイアス」という言い方をするのですが、体にねじれをかけるトレーニングをします。(自己流では)ねじれの動きとアウターとインナーが全部混在してしまっています。
アウターは見えるので、動いている・動いてないも分かるんですけれど、インナーは奥なので見えません。ですから、正しく動けているか動けてないかすごく不安になるんですよ。また、アウターは動きが大きくなるんですけど、インナーはすごく小さいので「こんな小さな動作をして何になるんだろう」というイメージになってしまう。学生がどうしても「筋肉を追い込めば追い込むほど強くなる」というイメージを持っているところを、インナーの重要性を説明し、そこを作って動かすということを説明するのが一番大変ですね。
――細かい動きを理解させるために工夫したことは?
筋肉図を使って絵を見せて、「こういうふうについている筋肉」というのをイメージさせてやらせることです。青学の学生は頭がいいので、筋肉名で覚えるんですよ。ストレッチの時も「ふくらはぎ」とかしないで、「腓腹筋」「ヒラメ筋」といった具合に全部筋肉名を使います。一般のトレーナーが知っているレベルの筋肉名は全員知っています。あれだけの数の筋肉名を言える大学駅伝チームは青学だけじゃないかと。私も解剖学的な筋肉名でしか彼らと会話していませんね。
与えるのではなく、考えさせる
原監督(上段中央)からは最初に教わったのは、考えさせるトレーニングだった 【写真は共同】
プロは、お金を払ってトレーナーを雇っているわけじゃないですか。選手はトレーニング以外に試合、対戦相手、ゲームの戦略、サーブの種類などいろいろ考えなければいけないことがある。それでトレーニングまで考えていられないから、「トレーニングの時間になったらとりあえず私の体を鍛えて。言われたメニューだけをやるから」という感じで来る選手が多いので私もずっとそのようなスタンスでいました。
私が最初青学に入った時も、同じアスリートなのでそういう感じでいこうと思っていました。しかし最初に原監督に私が教わったことは、ここにいる子たちはプロのアスリートではなく学生なんだと。要は教え、与えるものではなく、自分たちで考えさせてやってくれと言われたんですね。「確かにそうだな」と思いました。本当に構えて座って言われたものをやるとなると、学生もやる気にならないし、やっぱりやらされているという感じが強くなってしまいます。
――具体的にはどのように指導したのですか?
例えばこういう腕振りをしたいと思った時に、「どの筋肉を鍛えたらこの動きができるようになると思う?」と言ってヒントを少し与えながら、筋肉の絵を見せつつ自分たちで考えさせました。5〜6人のグループを作って、グループでディスカッションする。それで「この筋肉じゃない?」などとみんな言い合うわけです。それで「そこは違う、そこも違う」とずっと探させる。だんだんと考えていくと分かるようになって、私の答えと合うようになります。そして「そこを腕振りではなく、筋力トレーニングで鍛えるためにはどうしたらいいと思う?」と言って、各グループにトレーニングを考えさせる。最終的に1時間くらいやっていくと、みんなが答えを導き出せるようになっていきます。そして「明日からそのメニューをやるよ」と言うと、「やれ」と命令しなくても自分たちでやるようになるわけです。
――教える上で難しいことは?
私が入った1年目は、一番の基礎を教えているんですけど、そこはもう教え切ったし、ビデオにも撮っているので、もう上級生が新しく入ってきても教えられるだろうと思って、新しい1年生には私たちからあまり教えないで、今の学生たちに教えさせたんですね。そうしたらやっぱりちょっとできていないところがあって、今の1年生が少し遅れているんです。まだちょっと手放すのが早かったのかなというのは、正直反省点ではありますね。