羽生結弦が抱く成長への果てなき渇望 世界最高得点も「これがゴールではない」

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異次元の存在に登り詰めた

世界最高得点をマークしたSP後、羽生が語ったこととは? 【坂本清】

 ミックスゾーンに現れた羽生結弦(ANA)は穏やかな表情をしていた。そして数分前の出来事を冷静に振り返りつつ、周囲やファンへの感謝を述べた。

「一言で言うと『まだ明日があるな』というのが率直な気持ちです。皆さん、とても心配していたと思いますし、このプログラムで一度もノーミスをしたことがなかったので、すごく力の入った応援をしてくれました。本当にありがたいなと思いますし、この演技ができたのも皆さんのおかげだと思っています」

 106.33点。27日に行われたフィギュアスケートのグランプリ(GP)シリーズ・NHK杯男子ショートプログラム(SP)で羽生がマークしたこの点数は、ソチ五輪で自身が記録した101.45点という世界歴代最高得点をさらに更新するものだった。

 冒頭の4回転サルコウはやや着氷が斜めになりながらも成功。「試合で初めて跳べた」という4回転トウループ+3回転トウループはGOE(出来栄え点)で2.57点がつく美しいジャンプだった。後半のトリプルアクセルも決め、スピンとステップもすべてレベル4を獲得。演技構成点は5つの要素すべてが9点台だ。音楽が鳴り止む前から観客はスタンディングオベーションでその演技をたたえ、羽生自身も「どうだ」と言わんばかりの表情を浮かべた。

 点数が発表されると、コーチのブライアン・オーサーは手をたたきながら驚き、羽生も喜びをあらわにした。

「失敗を恐れるわけでもなく、久しぶりにワクワクしながら滑ることができました。完璧ではないですけど、ジャンプを全部立てたので、そのうれしさを久々に味わえて良かったなと思います」

 フィギュアスケートの歴史において、SPで100点超えを果たしたのは羽生のみ。五輪で出した記録をさらに4.88点も更新したのだから、まさに異次元の存在にまで登り詰めたと言っても過言ではないだろう。

こだわった4回転2本の構成

 今季が開幕する前、羽生はSPで昨シーズンはけがやコンディションの問題もあって実現できなかった「後半に4回転を入れる」構成で臨むことを明言していた。曲も同じショパンの『バラード第1番ト短調』。より完成度を高め、ハイスコアを狙う心づもりだった。

 だが、4週間前のスケートカナダでは、その後半の4回転トウループが2回転になり、73.25点で6位スタートというまさかの結果に終わってしまう。フリースケーティング(FS)で巻き返し2位に浮上したものの、1年間の休養から復帰したパトリック・チャン(カナダ)には及ばなかった。

オーサーコーチ(右)からは当初、難度を下げた構成を提案されていた 【写真:田村翔/アフロスポーツ】

 次戦のNHK杯に向けて、羽生が選択したのはジャンプ構成の変更だった。そうした案が出た当初、オーサーコーチは少し難度を下げた構成にするつもりだったという。しかし、羽生自身が首を縦に振らなかった。あくまで4回転を2本入れることにこだわったのだ。その理由を羽生はこう語る。

「選択肢として、昨年の事故(中国杯FSの6分間練習で他の選手と激突し負傷)のあとと同様に、4回転を最初に跳んで、そのあとアクセルをやって締めればいいというのもなくはなかったです。ただ、実際にそれをやって得られるものは何かと考えたときに、結局昨年から練習していて、事故が起きたから難易度を落としたけど、ノーミスでいけなくて、それがただできるようになっただけなんです。それだけでは成長とは言えないですし、僕にとっての成長はそんな幅では絶対ダメだと。成長したいという意味も込めて、やりたいと思ったんです」

 家族や周囲の人にも相談しながら、最終的にはオーサーコーチに「やります」とだけ伝えた。そしてリスクを冒したその決断は見事に吉と出た。

「とにかくこの1カ月間、一生懸命きつい練習をこなしました。よくこの期間でプログラムを通せるようになったなと自分でもホッとしています」

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