第三幕の幕開けを迎えた福島千里=力強さと効率的な動きを身につけた走り

高野祐太

「日本新を目指す」という言葉の根拠

今年は「日本新を目指す」と語ってきた福島。その言葉には、捜し求めてきたものに急接近している手応えを感じているからこそ出ている 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

「余裕があるような良い加速、無駄な力を使わなくても進んで行く感じですね」

 5月10日のゴールデン・グランプリ川崎(GGP)女子200メートルで、23秒11の好記録を出した時に、日本の陸上女子短距離界の絶対エース、福島千里(北海道ハイテクAC)の口から出たのが、こんな言葉だった。

 これである。こういう感覚こそ、短距離走にとってのキモ(の一つ)に違いない。さもすれば、自らの日本記録更新から遠ざかっていたこの5年間に探し求めてきたものに、急接近できている手応えを伴っているはずなのだ。福島は春先から「日本新を目指す」と、繰り返し語っているが、その自信の根拠(の一つ)は恐らくこのあたりにある。

 この感覚が福島にとってどれほどの意味を持っているかは、続く好成績ですぐに再確認される。

 6月上旬のアジア選手権(中国・武漢)100メートルで4年ぶりの11秒2台を出して優勝。昨年のアジア大会100メートルで敗れている韋永麗(中国)にも雪辱した。

日本選手権ははやる気持ちが出てしまった

日本選手権では5年連続の2冠を達成。ただタイムが平凡だったことには、「力みが出た」と反省点も 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 そして、今回の日本選手権(6月26日〜28日、新潟・デンカビッグスワンスタジアム)である。100メートルと200メートルで5年連続2冠を果たしたが、照準を合わせていた両種目での日本記録達成とはならなかった。特に100メートルは11秒50という、福島にとっては平凡なタイムに終わる。

 しかし、そうした満足のいかない結果も、手応えがあるだけに生じてしまった側面があった。
「欲張ったり、力みが出るとか、本当にちょっとしたことの……、何度もレースをやってきているはずなんですけど、やっぱりまだまだ難しい」

 100メートルという種目には、意気込みが強すぎて、気持ちがわずかに乱れただけでも走り自体に影響するほどの繊細さがある。福島の心中で、手応えを形にしたい意欲がやや先走ってしまった。しかし、そのはやる気持ちは、自信の裏返しでもあるのだ。

「日本刀」から「なた」のような走りへ

「イスタンブールの直前を思い出させるくらいのフィジカルになっているよ」

 福島の今季の活躍について、指導する中村宏之監督は、こう話した。

『イスタンブールの直前』。それは、2012年の早春のこと。ロンドン五輪に向けてオフのトレーニングが充実していた福島の身体は、筋肉が硬質さとしなやかさが両立しているようで、つややかに引き締まって見えた。そして、その年に行われるロンドン五輪に向けた一つのチャレンジとして、初めて3月の世界室内選手権(トルコ・イスタンブール)に出場したのだ。当時雑誌に載った写真は筋肉美にあふれていた。

 そして、今年。契約するアシックスのモデルとなり、GGPの大会プログラムに載った広告写真には、太もも裏の筋肉がハリツヤよく隆起し、腹筋がくっきりと割れた彼女の姿が映っていた。引き締まった表情には精神の充実ぶりもにじみ出て、同社の社員の1人は「すごく格好いいですよね」と感嘆したほどだ。

 こうしたフィジカル面の変化に加え、中村監督は「スタートなんか、なたを振り下ろすような力強さですよ」とも言った。

 100メートルと200メートルで日本新を連発した5年前の10年や、テグ世界選手権(韓国)の両種目で準決勝に進出した11年あたりには「日本刀のような切れ味」と語っていたから、ずいぶんと違う表現だ。

「日本刀」から「なた」へ。刃物を使ったこの比喩で表される変化も興味深い。これには、冒頭の福島自身の言葉と関連する意味合いがあるに違いない。

 以上のことからは、福島のスプリンター人生第三幕が始まった、という印象が感じられる。紆余曲折があっての第三幕。ということは、ここに至る第一幕と第二幕があった――。

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著者プロフィール

1969年北海道生まれ。業界紙記者などを経てフリーライター。ノンジャンルのテーマに当たっている。スポーツでは陸上競技やテニスなど一般スポーツを中心に取材し、五輪は北京大会から。著書に、『カーリングガールズ―2010年バンクーバーへ、新生チーム青森の第一歩―』(エムジーコーポレーション)、『〈10秒00の壁〉を破れ!陸上男子100m 若きアスリートたちの挑戦(世の中への扉)』(講談社)。

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