第三幕の幕開けを迎えた福島千里=力強さと効率的な動きを身につけた走り

高野祐太

飛ぶ鳥を落とす勢いだった第一幕

11年のテグ世界選手権では、日本人女子としては初の100メートル準決勝進出を決めるなど、飛ぶ鳥を落とす勢いだった 【写真:ロイター/アフロ】

 第一幕は、無我夢中でスターダムを駆け上がり、飛ぶ鳥を落とす勢いだった20代前半の時代だ。

 08年、4月の織田記念国際(広島)女子100メートルで11秒36の日本タイ記録を出して、北京五輪の参加標準記録Bに達し、6月の日本選手権(神奈川・川崎)も初制覇。突然の20歳ヒロイン誕生が話題となり、女子100メートルで56年ぶりとなる日本人の五輪出場を決めてしまった。

 09年に100メートルで11秒24の日本記録を達成。10年には11秒21に更新し、200メートルでも22秒89の日本新。11月の広州アジア大会(中国)では2冠を達成して見せた。

 さらに翌11年のテグ世界選手権での2種目準決勝進出。そのうち、100メートルは世界選手権における日本女子初の快挙だった。

 ところが、12年のロンドン五輪イヤー…。オフのトレーニングの素晴らしい仕上がりを経て、『イスタンブールの直前』の状態を築いたと思ったとたん、災難が降ってくる。

 高いパフォーマンスが見込めると勇んで乗り込んだはずの世界室内の遠征中に、インフルエンザを発症。せっかく作り上げた体は、体重がガクンと落ちるほどに消耗してしまった。そして、この不運を境に歯車が狂い出す。この年の最大の目標であった五輪では、2種目とも予選落ちに終わった。

深い苦悩の時代となる第二幕

12年のロンドン五輪以降、世界大会では思ったような記録は残せず。13年モスクワ世界選手権でも、予選敗退に終わっている 【写真:築田純/アフロスポーツ】

 100メートルで予選敗退に終わった08年北京五輪の悔しさを糧にしていたが、ロンドン五輪でも狙っていた準決勝進出を果たせず。福島は深い苦悩の時代を迎えることになる。この時期が第二幕に当たる。

 13年を迎えた春、福島はポツリとつぶやいた。
「リオ五輪に向けて、どうしたいかが決まっていない」

 ロンドン五輪で外国選手の圧倒的な身体能力を目の当たりにし、その経験から「リオ五輪を目指すためには体づくりから、土台づくりから」という方針は持って、フィジカルトレーニングに取り組んだ。結果として、より大きな筋肉を身にまとった。

 しかし、この年の最大のイベントであるモスクワ世界選手権(ロシア)では、参加標準記録をなかなか破ることができず、200メートルしか出場権を得られなかった。

 大会前には「スタートで自信を取り戻したい。(何かに)とらわれている。安全に行こう、無難に行こう、と思っている。なんかもう、自分の中にトラウマがあるから」や「挑戦して良くなる自信がないから挑戦しない。それで、当たり障りのないことをやっても結局失敗だから、どっちにしろ失敗だから、挑戦しない失敗を選んでしまう」という悩ましい思いも語っている。結果は、やはり予選敗退だった。

好転の兆しは14年夏ごろに見えた

 もともと、福島の走りの良さは“高速ピッチ”から繰り出される切れ味だった。決して、肥大化させた筋肉でパワー全開に走ることではない。そちらの方向に傾くことは、自分らしさを見失いかねない作業だった。

 福島は、そのことに気が付いた。クラブの3歳上の先輩で、ロンドン五輪出場を逃していた北風沙織は、こう振り返っている。
「千里も私もパワーを付けて、結果が出た訳でも、自己記録が出た訳でもなかった。果たしてそれは良かったのかと考えると、そうではないよねという話は2人でよくしました。あの子の場合はしなやかに走るのが武器だし、やっぱり体をうまく使えることが大事だって」

 ここからが、第三幕の始まりだった。好転の兆しは、昨年の夏、春先の右種子骨疲労骨折が癒えたころに見え始める。7月の南部記念(北海道・札幌)100メートルは、中盤以降も無理に力むことなく、加速して行くように見えた。

 この上昇気流に沿って今季の活躍があり、冒頭の「無駄な力を使わなくても進んで行く感じ」があるのだ。

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著者プロフィール

1969年北海道生まれ。業界紙記者などを経てフリーライター。ノンジャンルのテーマに当たっている。スポーツでは陸上競技やテニスなど一般スポーツを中心に取材し、五輪は北京大会から。著書に、『カーリングガールズ―2010年バンクーバーへ、新生チーム青森の第一歩―』(エムジーコーポレーション)、『〈10秒00の壁〉を破れ!陸上男子100m 若きアスリートたちの挑戦(世の中への扉)』(講談社)。

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