第三幕の幕開けを迎えた福島千里=力強さと効率的な動きを身につけた走り

高野祐太

力強さの理由は「接地の瞬間のタイミング」

中村監督が『なたのような走り』と表現する福島の走りには、力強さが身についてきた 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 今季の変化について中村監督が語った『なたのような走り』と似た表現として、周囲の関係者からは「一歩一歩の力強さ、かつピッチの速さが出てきた印象を受ける」という言葉も聞かれる。「中盤以降の加速も全然別人というか。アジア選手権の11秒2台も全然驚かなかった」と。

 しかし、これらの「力強さ」は、かつてのパワー強化に目を向けていたときとは性質が異なる。フィジカル面で言えば、不要な筋肉増大ではなく、必要な部分、すなわち、体幹などの大きな力を出せる筋肉をターゲットに、より明確に“使える筋肉”を考えた強化の仕方をしている。

 そして、その「力強さ」は「無駄な力を使わなくても進んで行く感じ」にも通じる。そこに、どのような具体的な技術があるのか。

 福島は、1本1本の練習を自分なりに考えながら走っている。その思考の質が27歳を迎えて少しずつ変化しているようなのである。

 そんな試行錯誤の中でたどり着いたことの一つが、「接地の瞬間のタイミング」に繊細な意識を置いていること。脚が地面に着く瞬間に「的確に重心を乗せて乗せて」、ということをイメージしている。そうすることで、地面を踏み込んだときに生まれるエネルギーが、進むべき前の方向に的確に流れて行く。

「120%とか130%になれるように」

 もう一つは、胴体をなす「肩甲骨と骨盤の連動」。腕振りを根もとの肩甲骨から動かすと、胴体の下部にある骨盤も連動して動き出す。互いに影響し合い、運動エネルギーは倍加し、脚の運びも大きく前に出るようになる。

 こうした取り組みに通底する原理・原則とは何か。結局は、物理学の、力学の問題に行き着く。効率性の追求、持っているエネルギーを最大限生かすということだ。重心が乗って行けば生まれたエネルギーは無駄が少なく前方へのスピードに変換され、上下半身の連動は、体全部の身体能力をフルに活用することになる。そうすれば「力強さ」は生まれ、「無駄な力を出さずに効率的に」進んでいく。

 日本選手権の翌日の29日の記者会見で福島は「いまの状態は100%です。でも、100%が限界なのではなくて、120%とか130%になれるように頑張りたい」と語った。

 第三幕の筋書には、栄光の足跡を記す(しるす)のだ、という強い意志がにじむようだった。

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著者プロフィール

1969年北海道生まれ。業界紙記者などを経てフリーライター。ノンジャンルのテーマに当たっている。スポーツでは陸上競技やテニスなど一般スポーツを中心に取材し、五輪は北京大会から。著書に、『カーリングガールズ―2010年バンクーバーへ、新生チーム青森の第一歩―』(エムジーコーポレーション)、『〈10秒00の壁〉を破れ!陸上男子100m 若きアスリートたちの挑戦(世の中への扉)』(講談社)。

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