“マトリョーシカ”フェブラリーS 乗峯栄一の「競馬巴投げ!第92回」

乗峯栄一

注意しに行く人に注意しに行くのは危ない?

[写真1]おそらく1番人気のコパノリッキー、自慢の先行力で連覇を狙う 【写真:乗峯栄一】

 先日、東日本大地震の余震とみられる、割合大きな揺れが東北であった。このときアナウンサーが「かりに震源が海底の場合、津波の恐れがあります。海辺には決して近づかないでください。海辺の様子を見に行くこともやめてください。また海辺の様子を見に行っている人に“海辺の様子を見に行くのはやめなさい”と注意しに行くのもやめてください」と放送していた。

 うーん、と唸る。

“海辺に行く様子を見に行く人にやめなさい”と注意しに行く人に“様子を見に行くと危ないからやめなさいと注意しに行く”のは、さらに危ないからやめなさいということであり、つまり“様子を見に行く人に危ないからやめなさいと注意しに行く人に、注意しに行くのはさらに危ないからやめなさいと注意しに行くのは、なおさら危ない”ということであり“注意しに行く人に危ないと注意する人に危ないと注意する人に、危ないからやめなさいと注意しに行く”のはさらに危ないということだ、などと考えていると、さらに頭が痛くなった。

きっと精神的ウイルスなのだ

[写真2]東京得意のワイドバッハ、末脚は威力バツグン 【写真:乗峯栄一】

 これはつまりロシア土産の定番、マトリョーシカ人形ではないか。

 最初に海に様子を見に行く人間がいて、それを「危ない」と注意する人間が、最初に様子を見に行く人の周りを覆い包み、「わあ、何て危ないことを」と注意する人がさらにいると、その全体の周りをも覆い包む人がいて、覆い包むなんて「何て危ないことを」と包む人がいると、それをもさらに覆い包むという、そういうことではないか。

 もう、20年近く前だろうか、ポケモンの放送で、激しく光りが点滅する場面があった。これを見ていた数百人の子供が気分を悪くして病院に運ばれるという事件があり、「一体どんな放送だったんだ」とみんなで見て、全員気分が悪くなり「原因は何だ」と調べた係官も気分が悪くなった。

 ある小学校では、教諭が「みなさん、こんなTV映像を見ると気分が悪くなりますから、絶対見ちゃいけませんよ」と言いながら映像を流したら、生徒たちがバタバタ倒れて緊急搬送されたということもあった。

 こういうのは興味を蔓延させるための一種の精神に巣くうウイルスなのではないかと、本気で信じている。姿こそ顕微鏡で確認されていないが、きっと精神ウイルスというのは存在していると思う。

“わらしべ長者”がどうも気になる

[写真3]古豪ローマンレジェンドもまだまだ元気いっぱい 【写真:乗峯栄一】

 昔々、正直者だが運の悪い男がいて、働けど働けど貧乏を抜け出せない。

 男は飢え死に寸前となり、穂のとれたワラ(わらしべ)一本持ってフラフラと家を出る。そこにアブが飛んできたので、そのアブをワラの先に縛って歩いていると、そのワラを見て、ムズかっていた赤ん坊が泣き止む。喜んだ赤ん坊の母親は、ワラと引き替えに男にミカン3個を渡す。

 しばらく行くと娘が道端で苦しんでいて、水を欲しがっていたので、男がミカンを与えると、娘は元気を回復し、お礼に男にきれいな絹の布を渡す。男がその布を持ってしばらく行くと、サムライと元気のない馬に出会い、サムライは美しい布を見て「馬と交換してくれ」と言い、男はそれに応じる。

 男が夜通し馬の面倒を見てやると、馬は翌朝にはすっかり元気になる。馬を連れて歩き、大きな町にやってくると、町いちの長者がその馬を見て、たいそう気に入り「こんな素晴らしい馬を育てる者はさぞ立派な男に違いない、ぜひうちの娘の婿になってくれ」と言われ、男は美しい娘と長者の家督を手に入れ、一生裕福な生活を送る。

 これは有名なむかし話“わらしべ長者”のあらましで、この場合は[ワラ→ミカン→絹布→馬→長者の婿養子]という漸増数列のような話になっている。「そんなうまくいく話が世の中にある訳がない」というのが現代人の反応だが、最近どうも気になっていることがある。

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著者プロフィール

 1955年岡山県生まれ。文筆業。92年「奈良林さんのアドバイス」で「小説新潮」新人賞佳作受賞。98年「なにわ忠臣蔵伝説」で朝日新人文学賞受賞。92年より大阪スポニチで競馬コラム連載中で、そのせいで折あらば栗東トレセンに出向いている。著書に「なにわ忠臣蔵伝説」(朝日出版社)「いつかバラの花咲く馬券を」(アールズ出版)等。ブログ「乗峯栄一のトレセン・リポート」

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