高いポテンシャルを秘めたADOの目覚め チーム浮沈の鍵を握る中国人経営者

中田徹

爽快なサッカーで観客を沸かせたADO

50年代にKNVBカップで準優勝したときと同じデザインのユニホームに身を包んだADOイレブン。この日は2−0でトゥエンテに快勝した 【VI-Images via Getty Images】

 ADOデンハーグが誕生したのは1905年2月1日のこと。2月4日のオランダ・エールディビジ第21節、京セラ・スタディオンで行われたトゥエンテ戦は、クラブ創設110周年を祝う記念試合になった。

 58−59シーズンにKNVBカップで準優勝したときと同じデザインのレトロなユニホームに身を包んだイレブンは、トゥエンテにボールを持たせ守備ブロックを敷きながら、賢く攻撃に転ずるタイミングを図っていた。

 13分、ADOの右ウインガーを務めたオレクサンドル・ヤコベンコが相手センターバックのクリアをチャージしてカット。そのまま独走して先制ゴールを奪うと、試合終了直前にはロラント・アルベルフのPKで2−0とし、1万3000人の観客でほぼ満員となった京セラ・スタディオンは沸きに沸いた。残留争いに必死のADOデンハーグが久しぶりに魅せた爽快なサッカーに、「ワン効果だね」とヘンク・フラサー監督から笑みがこぼれた。

 ワンとは、今年1月下旬に新しくADOの会長に就いたワン・フイのこと。ワンが会長になるとADOは素早く補強を進め、スポルティング・リスボンのウィルソン・エドゥアルドと、フィオレンティーナのヤコベンコを今季いっぱい、期限付き移籍で借り受けることになった。

 フラサー監督は「ヤコベンコは(隣国ベルギーのアンデルレヒトでプレーしていた)4年前から狙っていたけれど、当時はとてもADOが獲得できるような選手じゃなかった」とウクライナ人FWの獲得にしてやったりの表情。しかし、エドゥアルドに関してはADOのスカウトも全くプレーを見たことがなく、ワン会長の南欧州に広がるネットワークで獲得していたという。この2人が早くも戦力になって、格上トゥエンテを破る立役者となったのだから、フラサー監督も「ワン効果」と話すのも道理だろう。

経験と実力を備えたワン新会長

1月下旬にADOの新会長に就任したワン氏。この中国人経営者のもと、クラブは新たなスタートを切る 【VI-Images via Getty Images】

 昨年7月にオランダで初めて「中国人がADOを買収し、新たな会長になる」という報道が出てから実際にワンが会長に就くまでの約半年、ADOにとっては神経をすり減らすような日々が続いた。ワンは800万ユーロ(約10億7000万円)を支払うことで、マルク・ファン・デル・カレンの持っていた経営権を譲渡してもらう約束をしていたが、期日の8月30日になってもお金はオランダに届かず。9月11日、10月15日、12月31日と支払い期日が3度も延長されたが、やっと入金が確認されたのは今年の1月23日のことだ。その間に違約金は膨れ、ワンが送金したお金は総額1000万ユーロ(約13億4000万円)になった。

 何度も約束をほごにされながら、それでもADOが我慢し続けたのは、マールテン・フォンタイン社長の存在が大きい。サッカー界ではアヤックスの社長やAZのコマーシャル・ディレクターを務めたことで知られるフォンタインは、かつてはユニリーバー社でアジアを担当し、中国でのビジネス経験も豊富だった。中国では巨額のお金を海外送金するとき、政府の厳密なチェックがあることを理解するフォンタインは、ワンと毎日のように連絡を取りながら正確な情報収集に務めていた。

 ワンが2008年に設立したスポーツマーケティング会社、北京合力万盛国際体育(英文表記はUNITED VANSEN)は北京五輪のマーケティングに関わり、イタリア・スーパーカップ(09年、11年、12年)、フランス・スーパーカップ(14年)を北京で開催させた実績を持っていた。この1月にはレアル・マドリーと10年間の契約を結び、中国でのマーチャンダイジング権を得た。さらにスペインサッカー連盟からスペイン・スーパーカップの開催権も獲得している。こうしたワンの実力も信頼の後ろ盾となった。

「眠れる巨人」は目を覚ますか

ADOの中期目標はオランダのサブトップとしての定着。「眠れる巨人」は長い眠りから目覚めるのか 【VI-Images via Getty Images】

 一方でADOは、ワンからの入金遅れがあったことにより、夏の移籍市場と冬の移籍市場で動きが取れず、補強で後手を踏んでしまった。ワンが会長に就任してからわずか数日でADOは2人のFW獲得に成功したのだが、本音を言えばもっと早く選手がほしかっただろう。

 ともあれ、ADOは中国人経営のクラブとして再スタートを切ることになった。

「中国ではこれまでデンハーグと言えば平和宮ぐらいしか知られてなかったが、これからはADOの名前を有名にしたい」とワン会長。懸念はロシア人経営のフィテッセがチェルシーのオランダ支店になったように、ADOも市民のためのクラブではなくなってしまうのではないかということだが、「ADOはオランダ人中心のクラブであり続ける」とワン会長は明言。ただし、リウ・ジエンホンがADOの役員になり、中国でのコマーシャルを担当する。リウは中国のテレビ界で著名なサッカーコメンテーターであり、自身が持つインターネットテレビ局でADOの試合を放送する計画を持っている。また、オランダのユース育成メソッドの中国輸出も計画されており、ADOのコーチが中国に派遣されることになりそうだ。

 今季の目標は1部残留だが、ADOがオランダのサブトップとして定着するのが中期目標。そしてワンにとって究極の目標は「オランダサッカーと言えばADOとなること」だ。レアル・マドリーだけでなく、シャルケ04、インテルとのビジネスも進めていると言われるワンは、ADOと欧州の有名クラブとのマッチメークをたくらんでおり、「そのためにも京セラ・スタディオンのピッチを人工芝から天然芝に変えないといけない」と主張する。

 トゥエンテ戦での前々日にはチームの練習に参加し、ロンドで汗を流したワンは、好感を持ってデンハーグで迎えられた。ポテンシャルの割に実力の低いADOはオランダで「眠れる巨人」と言われている。その長い眠りから彼らは目を覚ますだろうか。
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著者プロフィール

1966年生まれ。転勤族だったため、住む先々の土地でサッカーを楽しむことが基本姿勢。86年ワールドカップ(W杯)メキシコ大会を23試合観戦したことでサッカー観を養い、市井(しせい)の立場から“日常の中のサッカー”を語り続けている。W杯やユーロ(欧州選手権)をはじめオランダリーグ、ベルギーリーグ、ドイツ・ブンデスリーガなどを現地取材、リポートしている

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