アルゼンチンを準Vに導いたアドバイザー 世界に広がる“コンディショニング論”

中田徹

サッカーのピリオダイゼーションとは

W杯期間中のトレーニングプランを立て、アルゼンチンを準優勝に導いたフェルハイエン。大会中の出来事を語ってくれた 【中田徹】

 2013年5月のことだった。アルゼンチン代表のあるコーチが、レイモンド・フェルハイエンをブエノスアイレスに招き、“サッカーのピリオダイゼーション”を学び、さらにワールドカップ(W杯)の準備期間と大会中のトレーニングプランを立てた。

 アルゼンチンサッカー協会(AFA)にとって、代表チームが24年間もW杯でベスト4進出を果たしていなかったのは頭痛の種だった。彼らはグループリーグではしばしば素晴らしいパフォーマンスを発揮したが、決勝トーナメントに入ると失速し、大会から姿を消していた。前回の南アフリカW杯では、準々決勝でドイツに0−4という惨敗を喫していた。アルゼンチンにとってブラジルW杯は、大会終盤までいかにパフォーマンスを安定させるかが大きなテーマとなった。

 このアルゼンチン人コーチは“サッカーのピリオダイゼーション”を採用すれば、代表チームの積年の悩みが解決するのでは、と考えた。“サッカーのピリオダイゼーション”とは、チームや個人がシーズンを通して高いパフォーマンスを維持・向上させるために練習の回数や負荷を調整しながら、ボールを使ったコンディショニング・トレーニングをすることである。

 13年7月、フェルハイエンはブエノスアイレスで“サッカーのピリオダイゼーション”の講習会を開催し、AFAの関係者を夢中にさせた。フェルハイエンの実績も決め手だった。彼は00年ユーロ(欧州選手権)、02年W杯から毎回このビッグイベントに参加しており、オランダ代表、韓国代表を計4回ベスト4に進出させていた。

 AFAのもくろみは当たった。フェルハイエンをアドバイザーとして雇った結果、アルゼンチンは準優勝を果たしたのだ。決勝トーナメントに入ってからの4試合、アルゼンチンが喫した失点は決勝の延長戦でマリオ・ゲッツェ(ドイツ)に許した1点のみだった。一つのチームとしてまとまったアルゼンチンのハードワークは、大会の最後の最後まで衰えなかった。その経験談を紹介しよう。

W杯で要求されるフィットネス

――あなたはグループリーグ期間中、ブラジルにいなかったそうですね。

 私はワールドフットボール・アカデミーの講習やエキスパートミーティングのため、グループリーグ期間中はオランダや南アフリカにいなければならなかった。アルゼンチン代表に合流したのは決勝トーナメントに入ってから。だから、私は今回のW杯はコーチではなくアドバイザーとして参加した。

 アドバイザーには利点がある。外国人の私が突然コーチングスタッフに加わると、彼らは自分の存在やコンディショニングメソッドを否定されたと感じてしまう。実際のトレーニングを前からいるコーチに任せたことは、とても良かった。幸い、私とコンタクトをとり続けたコーチは英語をしゃべることができた。グループリーグ期間中は毎日、電話やメールをし、チームと個人のコンディションをチェックし、練習で起こったことを報告してもらい、翌日の練習メニューを調整していた。

――クラブのピリオダイゼーションと代表チームのピリオダイゼーションの違いは?

 クラブでは、1シーズンは10カ月。長期間のフィットネスが必要とされる。だから徐々にコンディションを上げていけば良い。しかしW杯は3週間から4週間程度の短期間のフィットネスが要求されるから、急いでコンディションを上げないといけない。短期間でコンディションを上げるという意味は、1日にたくさんの練習をするのではなく、1日1回の練習の中でトレーニングの内容を激しくするということ。1回ごとの練習でコンディションのステップを一気に上げる。例えば普段なら12分間の11対11をしたら、その1週間後は13分×3回にするが、W杯の準備期間には一気に14分×3回に上げる。その結果、コンディションの向上はより早くなるが、下がるのも早くなる。しかし、W杯が終わればもうオフシーズンなので大会後のコンディションが一気に下がっても問題ない。

「アグエロを休ませろ」と伝えたが……

ナイジェリア戦で負傷したアグエロ。フェルハイエンは事前に「休ませろ」とアドバイスしたが、聞き入れられなかった 【写真:Action Images/アフロ】

――あなたは各国でピリオダイゼーション理論を用いたコーチングをしましたが、アルゼンチンの特徴は?

 私は02年、06年、10年のW杯で韓国代表のコーチを務めた。彼らのサッカーのテンポは高いが、それを90分間持続することができない。だから、試合形式のコンディショニング・トレーニングは11対11、8対8といった強度の低い形式を多用した。08年ユーロのロシアは逆で、サッカーのテンポが低い一方、それを90分間持続することができる。だから試合形式のコンディショニング・トレーニングは4対4、3対3といった強度の高いものを中心に行った。

 アルゼンチンを始め、南米の国はロシアに似ている。南アフリカW杯では対戦相手の試合のテンポによって、大会が進むにつれて徐々に消耗の度合いを増していった。今回のアルゼンチンはボスニア・ヘルツェゴビナとイランを破って、早くもグループリーグ突破を決めた。ここで3戦目のナイジェリア戦をどうするか。それが問題だった。

――ナイジェリア戦は3−2でアルゼンチンが勝ちました。

 私は「(セルヒオ・)アグエロを起用しない方が良い。休ませろ」とアドバイスした。しかし、メンバーを決めるのは私ではない。アグエロは昨季、マンチェスター・シティで5回もハムストリングの負傷をしていた。彼のコンディションは良くなく、W杯の初戦に彼を完全な状態に持っていくのはほとんど不可能だった。実際、ボスニア・ヘルツェゴビナ戦で、私は彼のコンディションが戻っていないのを感じていた。しかし3戦目、彼は試合に出てしまってけがをした。ここで休んでいれば、アグエロはスイス戦までに完全にコンディションを戻していたはずだった……。アグエロが今、チャンピオンズリーグ、プレミアリーグで活躍しているのはうれしいが、W杯では完全にフィットしきれなかったのは残念だった。その結果、彼はW杯での出場時間が限られ、今季フレッシュな状態でシーズンを迎えることができた。私にとっては複雑だよ。

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著者プロフィール

1966年生まれ。転勤族だったため、住む先々の土地でサッカーを楽しむことが基本姿勢。86年ワールドカップ(W杯)メキシコ大会を23試合観戦したことでサッカー観を養い、市井(しせい)の立場から“日常の中のサッカー”を語り続けている。W杯やユーロ(欧州選手権)をはじめオランダリーグ、ベルギーリーグ、ドイツ・ブンデスリーガなどを現地取材、リポートしている

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