北九州の新スタジアム構想を追う J2・J3漫遊記ギラヴァンツ北九州<後編>

宇都宮徹壱

なぜ北九州には一体感がないのか?

北九州OBの藤吉。現在はS級ライセンス取得を目指しながら地域コミュニケーターとして活躍中 【宇都宮徹壱】

 ギラヴァンツ北九州のホームタウン、北九州市は人口およそ97万人、九州第2の人口と経済を誇る政令指定都市である。本州と九州を結ぶ交通の要衝として、また重化学工業の一大拠点として、かつては100万都市を誇っていたものの、1980年の106万5000人をピークに人口は減少を続け、最近では市民の高齢化が顕著となっている。

 そんな北九州だが、市としての歴史は実はそれほど古くはない。63年に、当時の門司市、小倉市、戸畑市、八幡市、そして若松市の5市が合併して誕生した。市町村合併といえば、平成の大合併がまず思い浮かぶが、当時は戦後最大の合併として話題になったそうだ。それから半世紀以上が過ぎたが、「北九州には一体感がない」という話は滞在中に何度も耳にした。なぜ、ひとつになれないのか? ある市民のこんな声を紹介しよう。

「今でも小倉の人は小倉、門司の人は門司、八幡の人は八幡に愛着がありますから、北九州市民としてのアイデンティティーが希薄なんですよ。『九州の北部』みたいな名前も、あまりなじまないのかもしれませんね」

 それだけに、週末の本城陸上競技場でサポーターと市民が「キッ、タッ、キュウシュウ!」とコールしているギラ九(クラブの略称)の存在は、非常に大きな意味を持っている。かつてヴェルディ川崎(現東京V)や京都パープルサンガ(現京都サンガF.C.)などでプレーし、2009年にギラヴァンツの前身のニューウェーブ北九州で現役を退いた藤吉信次は、現在はS級ライセンス取得を目指しながらクラブの地域コミュニケーターとして活躍している。そんな彼に、クラブがJ1ライセンスを獲得できていない現状について語ってもらった。

「それについては、地域の方とお話していてもよく話題になります。やっぱり『(J1基準を満たす)スタジアムができないことには』って話になりますよね。でも今、小倉駅の近くに新しいスタジアムができる計画が進んでいるじゃないですか。17年に完成予定ですから、その前の16年にはウチも堂々と『J1を目指して』と言うことができます。そうなるためにも、今からしっかり結果にこだわることが大切だと思いますね」

「海ちか」「駅ちか」「街ちか」の新スタジアム

新スタジアムへの起点となるJR小倉駅の新幹線口。メーテルと星野哲郎が出迎えてくれる 【宇都宮徹壱】

 藤吉が言う「新しいスタジアム」とは、どこに建てられるのか。さっそく建設予定地に行ってみることにしよう。起点となるのはJR小倉駅。アウェーのサポーターは新幹線でここに降り立つことになる。そこから「新幹線口」のペデストリアンデッキに出ると、『銀河鉄道999』のメーテルと星野鉄郎、そしてキャプテンハーロックの銅像が迎えてくれるはずだ(作者の松本零士は、小学校3年から高校卒業まで小倉で暮らしていた)。そこから海に向かってまっすぐ進み、リーガロイヤルホテル小倉とAIM・西日本総合展示場新館の間の道を右折して、さらに北九州国際会議場に面した道路を左折すると、目指す目的地が見えてくる。

 現在、そこはだだっ広い駐車場でしかない。しかしながら、もしそこにJ1基準を満たすサッカースタジアムが完成したなら──想像するだけで身震いがする。小倉駅から徒歩7分。新幹線が停車する駅から最も近い「駅ちか」スタジアムとなる。しかも近隣には、愛媛の松山市をつなぐフェリー乗り場があり、さらには北九州空港からバスで約30分と、文字通り陸海空すべてにアクセスしやすい一等地だ。さらに、フェリー乗り場の向こう側には新日鐵住金の工場群があり、夜になると見事にライトアップされる。そのまた先には、北九州市民にとっての心のランドスケープ、関門海峡を見渡すことができる。

「関門海峡が見える『海ちか』であること、そして『駅ちか』であり『街ちか』というのが、このスタジアムのセールスポイントです。少なくとも、これだけ海に隣接したスタジアムというのは日本では初めてだと思います。選手をより近くで感じたいお客さんには『ゼロタッチ』と呼ばれる最前列で、より俯瞰して観戦したいお客さんには傾斜のついた2階席で、それぞれ楽しんでいただけます。キャパシティーは、とりあえずJ1(ライセンス)ぎりぎりの1万5000人で考えていますが、ギラヴァンツがもっと強くなってお客さんが増えたら、2万人収容できるようにスタンドの増築が可能なように設計されています」

 2年半後にオープン予定の北九州の新スタジアムについて、このように壮大な計画を語るのは、北九州市建築都市局の下田憲治である。このプロジェクトに関わって2年半。もともとは道路や橋を作る仕事がメインだったという。今回のスタジアム建設のプロジェクトも、「サッカーのため」というよりも「街づくりのため」という意識のほうが強い。それでも、施設の設計や建設、さらには維持管理や運営を一事業者に一括して委託する「PFI事業」を採用するなど、実に理に適ったアプローチをしているところに好感が持てる。行政側が新スタジアム建設に積極的なのは、全国的に見ても珍しいケースであり、他のJクラブからすれば非常に羨ましい構図に映るのは間違いない。ではなぜ、北九州ではそれが可能となったのであろうか?

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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