五輪の魔物に打ち勝った羽生結弦の不動心

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「日本のために全力を尽くすことができた」

皇帝プルシェンコが生んだ異様な熱気にものまれることのない“不動心”で羽生は五輪の魔物に打ち勝った 【Getty Images】

 世界選手権を3連覇中、ソチ五輪でも金メダルの有力候補に挙がるパトリック・チャン(カナダ)。フィギュアスケート界の“皇帝”にして、過去の五輪3大会で金メダルを1度、銀メダルを2度獲得しているエフゲニー・プルシェンコ(ロシア)。その2人を前にしても羽生結弦(ANA)は平常心を貫いた。

 ソチ五輪の開会式を翌日に控えた現地時間2月6日、今大会より新設されたフィギュアスケート団体戦の男子ショートプログラム(SP)が行われ、日本チームを代表して出場した羽生は、97.98点の好記録で首位発進した。

「すごい気持ち良かったです。基本的にガッツポーズはしないタイプなんですけど、日本のためにと思ったときはうれしかったです。僕だけのスケートじゃないので、本当に緊張しましたけど、日本のために全力を尽くすことができました」

 初めての五輪、そしてSP終了時点で上位5カ国に入らなければフリースケーティング(FS)に進めないというルール。先陣を切る羽生の出来がチーム浮沈の鍵を握るだけに、その責任は重大だった。加えて今季のグランプリシリーズで3度顔を合わせたライバルのチャンと、「僕にとって足が震えるような(憧れの)存在」と語るプルシェンコが団体戦のSPにエントリーしてきたことで、メンタルコントロールがより難しくなったことは容易に想像できる。

 それでも日々急速な勢いで成長を続ける19歳には関係なかった。冒頭の4回転トゥループをきれいに着氷すると、続くトリプルアクセルもスムーズに降り立つ。コンビネーションでトリプルルッツがやや斜めになってしまったが、そのほかはミスなく演じきった。昨年12月のGPファイナルで世界歴代最高得点(99.84)を記録した得意のプログラムで貫禄の首位となり、後続の味方にバトンを渡した。

羽生の意識を変えたオーサーコーチの一言

 充実の一途を辿る羽生だが、その要因は自身の演技に集中できるようになったことが挙げられる。今季序盤までの羽生は相手を意識するあまり、試合で本来の滑りをできないことがあった。昨年10月のスケートカナダでは、チャンを意識しすぎたことで、自分の演技に集中できず、ミスを連発。チャンに約30点近い差をつけられる234.80点というふがいない結果に終わってしまった。

 しかし、コーチのブライアン・オーサーからの一言でその意識は大きく変わる。
「ユヅルは心のエネルギーを使いすぎている。試合の何週間も前から相手のことを考えていてはいけない。もっとリラックスして、試合直前に集中することが大事なんだ」

 チャンとの3度目の対戦となった12月のGPファイナルでは、発言自体にも変化が見られた。大会の前日会見では「パトリック選手もそうですが、ほかにも素晴らしい選手がそろっているなかで、どれだけ自分に集中できるかが課題ですし、それが自分にとっての挑戦でもあります。勇気を持ってしっかりと足を踏み出し、集中し切れるようにしたい」とコメント。SPで世界歴代最高得点を出しても、「シーズン前は100点を取りたいとか、自分がいままで出した記録を塗りかえたいとか言っていましたが、今日は全然そんなことを考えていなくて、自分のことに集中していましたし、できることを一生懸命やっていただけなので、本当に点数についてはただ驚きです」と、あくまで自身の演技にだけ意識を向けていることを強調していた。

 史上最も過酷な五輪代表選考会となった昨年末の全日本選手権でも、羽生は297.80点と1人異次元のスコアで優勝。「心臓が押しつぶされるくらい緊張した」と演技後に明かしたが、同時に「とにかく自分のペースを保つことをしました。それは具体的に何をしたとか何をするとかではなく、いますべきことをただ淡々とやっていた感じです」と、平常心を心掛けていた。

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