追い切り日撮影の悲哀、ホエールは栗東で生き返る=乗峯栄一の「競馬巴投げ!」

乗峯栄一

清水久詞厩舎の小動物愛好家・小原正伸厩務員

[写真4]イシガメについて熱く語る小原正伸厩務員 【写真:乗峯栄一】

 そうこうしていると、携帯に写メが入る。発信者を見ると、清水久詞厩舎、いつもの小動物愛好家・小原正伸厩務員である。この厩務員からの写メには驚かない。
「今回は何や、クワガタか、カメか、インコか」と吐き捨てながらメールを開ける。

 ここでちょっと小原正伸について説明しておきたい。かつて安田伊佐夫厩舎でハイグローブ、アンジュアイルなどを担当し、3年ほど前、安田伊調教師急逝のあとは清水久厩舎に移った。身長180センチ・90キロ、確定的に独身で、年齢は45歳前後だと思う。
 大阪茨木東高校の頃は野球部捕手で、山内嘉弘(近大から阪急・ヤクルトで活躍)という好投手と共に、83年府予選では1年生時代の桑田・清原のPL学園と決勝で対戦する所まで勝ち進んだ。こう書くと爽やかなスポーツマンという雰囲気だが、あれから20数年、爽やかさの固まりは見事にそぎ落とされた。いまは仕事以外は小動物飼育に心血を注ぐ。注ぐだけならいいが、若干隙を見せる男がいると強引に押しつける(乗峯だけではなく、浅見厩舎所属、メジロブライト、ソングオブウインドなどを担当した山吉一弘助手も被害者の一人らしい)。

朝7時に突然電話「ピーちゃんが逃げたんです」

 もう15年ぐらい前か、朝7時に突然電話が鳴る。小原正伸からだ。
「ピーちゃんが逃げたんです」
「はあ?」
「オカメインコのピーちゃんが逃げたんです」と、とても大男とは思えない泣きそうな声だ。
「はあ」
「乗峯さんのコラムの“尋ね鳥”コーナーに書いて下さい!」
「え?」
「乗峯さんの“尋ね鳥”コーナーに」
「あのね小原君、ぼくのコラムにそんなコーナーないんだけど」
「なかったら作ればいいじゃないですかあ!!」と泣き声から一転怒鳴る。ここが小原正伸の最大の資質だ。小動物好きの優しい男のはずなのに、突如意味不明の原因で怒り出す。
 仕方なく、その週のコラムに「小原厩務員の白いオカメインコが逃げました」と書いたら早速礼の電話がくる。
「有り難うございます。ポッポも新聞見て喜んでました」
「は?」
「ポッポですよ。白バトのポッポ。前に言ったでしょ、ポッポは新聞読めるって!」
 あ、また怒り始めた。ヤバい。
「ああポッポね」
「そうですよ、ポッポですよ。呼びかけてやって下さい」
「は?」
「呼びかけて下さい!これも前に言ったでしょ。ポッポは電話で名前呼ばれると喜ぶって。はい、どうぞ!」
 赤ん坊の名前呼んでくれというのはたまにあるが、電話でハトを呼ぶのか? 仕方なく「ポッポー」と声を出すと「聞こえました? いまポッポ、嬉しがってグゥーッて返事したでしょ? 凄いでしょ?」
「あ、そういえば聞こえたような、凄いような」

小原厩務員からマイネジャンヌの写メ、お礼を言うと……

[写真5]小原厩務員から送られてきたマイネジャンヌの写メ、いつもこういうの送ってよ 【写真:乗峯栄一】

 ガックリ疲れる。鳥だけではない。小原部屋にはカメやらカブトムシやらザリガニやら、想像するだに恐ろしい数の小動物たちがいるようだ。

 小原正伸の最大事件は“尋ね鳥”問題の5年後に起きた。その白バトのポッポが死んだのだ。いつもはすれ違うたび「予想は当たらんし、コラムはおもろないし、新聞いつクビになるんや」とこっちを見て悪態つくのが常なのに、そのときの小原正伸からのメールは泣きそうだった。「死んだんです、ポッポ」とだけ書いてあり、白菊に囲まれたポッポの遺影が添付されている。どう返事したものかと思案していたら電話が入る。「ぼくが死んだらポッポの骨も一緒にお棺に入れてもらうんです」
 その後も数週間「バラに囲まれたポッポ」「虹になったポッポ」「森になったポッポ」「星になったポッポ」と凝りに凝ったポッポ遺影写メが毎日送られてくる。「世の中にこんな悲しいことがあるなんて」とか「生きていくのが辛い」とか書いていたので、「長年親身に世話したんだから大丈夫」と返事したら「大丈夫とはどういうことや」と怒りの返信が来る。ほんとに難しい男だ。

[写真4]は、その小原正伸がカメを手に乗せ「熱く語る」場面だ。まだ安田伊佐夫厩舎在籍のころ、アンジュアイルの取材に来た記者たちに「アンジュの前に、まずこのイシガメを見ろ」と飼い葉桶に石と水を入れて飼っているイシガメを語るのだ。こんな厩舎スタッフは、栗東中でもほかにいないと思う。
 そういうことだから、またどうせ小動物の写真なんだろうと思っていた。しかし開けてみると、幸英明騎乗マイネジャンヌ(清水久詞厩舎)の厩舎前写真[写真5]ではないか。これよ、これ。こういうのを送ってくれよ。マイネジャンヌは坂路で取り損ねていたし、これは嬉しい。ハトの写真、続けて20枚も送られたら恐怖だからね。
「ありがとう」と返事書くと「たまにはオレのこと書いたらどうなんだ」と、また返事が来た。
 この小動物愛好家、書くと「何であんなこと書いた」と言うし、書かないと「何で最近オレのこと書かない」と怒るし、ほんと難しい。また一度、浅見厩舎・山吉助手に相談してみよう。「また山吉さん、お願いしますね」だ。

◎ホエールキャプチャ、2千までなら牝馬ナンバー1

[写真6]ホエールキャプチャは栗東でよみがえる 【写真:乗峯栄一】

 あと、坂路で撮った女王杯有力馬の写真を出しておこう。
[写真2]はヴィルシーナと前後して追い切ったラシンティランテ(友道厩舎・鞍上はたぶんC・ルメール)だ。桜花賞の頃から「(ヴィルシーナと共に)2頭使いしたいんだけどねえ」と友道調教師が言っていた馬だ。ルメール騎乗だし、一発大穴ならこっちだろうと思う。

[写真3]はスマートシルエット(大久保龍厩舎)。岩田康誠騎乗だし、府中牝馬Sがよかったし、前評判がもう一つ上がらないが、これは怖い一頭だ。

[写真6]は関東馬ホエールキャプチャ(田中清厩舎・鞍上はたぶん竹之下智昭)。ここ2走の成績は悪いが、この水曜の追い切りはとんでもなかった。50秒2、ラスト12秒4という時計は、いまの時計の出にくい栗東坂路では、一線級牡馬でもめったに出せない時計だ。“やり過ぎ”の危惧もあるが、2歳時から慣れていて、栗東に来ると生き返るとも言える。ぼくはいまの日本で、2千までなら、このホエールが牝馬ナンバー1だと思っている。今回は200メートル伸びるが、オークスでの好走もあるように、何とかするとみる。

 ホエールキャプチャ頭固定の3連単。ヒモにはヴィル、ラシンティの友道勢、マイネイサベル・スマートシルエットの府中牝馬1・2着馬、それにぐっと力を付けてきたマイネジャンヌ、札幌記念がよかったフミノイマージン、あとデムーロ騎乗のピクシープリンセス。今回は7頭ヒモ42点でいきたい。

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著者プロフィール

 1955年岡山県生まれ。文筆業。92年「奈良林さんのアドバイス」で「小説新潮」新人賞佳作受賞。98年「なにわ忠臣蔵伝説」で朝日新人文学賞受賞。92年より大阪スポニチで競馬コラム連載中で、そのせいで折あらば栗東トレセンに出向いている。著書に「なにわ忠臣蔵伝説」(朝日出版社)「いつかバラの花咲く馬券を」(アールズ出版)等。ブログ「乗峯栄一のトレセン・リポート」

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